「誰も聞かなかったことを質問して欲しい」ロボット工学者・石黒浩に訊く、アバターとAIと未来

   ロボット工学者として知られている大阪大学教授の石黒浩氏は、現実世界や仮想空間であるメタバースなどで活動する、人間のアバター(分身)の技術を研究している。アバターを使えば、家にいながらにして、時には性別や年齢を超えた別の姿になって、遠隔地でも活動することができる。仕事では海外の人々と協業できるし、ちょっとした隙間時間に世界の裏側まで旅する体験も可能だ。新刊『アバターと共生する未来社会』(集英社)刊行を機に、石黒氏にアバターが実装されるであろう未来の世界、そしてChatGPTなどのAIについて話を聞いた。(篠原諄也)

ーー石黒さんの研究するアバターとは何でしょうか?

石黒:ユーザー(操作者)の分身となるキャラクターのことです。現実世界で遠隔操作をするロボット、そしてゲームやネット、メタバース上のキャラクターなどがそうです。アバターは人間の意図通りに動くわけですが、そこにはいろいろなレベルがあります。例えば、自分が喋った通りにアバターが喋ることは意図のひとつですが、AIが間に入って優しい言葉を選んで喋りかけるのも意図通りでしょう。もしくは、秘書のように「適当にうまくやっといて」と頼むこともあるかもしれない。いずれにせよ、操作する人の意図を汲み取って活動するのがアバターです。

ーー石黒さんそっくりの分身である「アンドロイド・ジェミノイド」は、原稿を読み上げる能力があって、講演会で話すこともあるそうですね。また、「ハグビー」は、電話をしながらまるで話し相手を抱いたような感触を得られます。そうした事例は、自分のいま・ここの身体を超えて活動ができる自由さを感じます。

石黒:アバターは人間を肉体の制約から解放するものなんです。そもそもテクノロジーというものは、人間を時間、空間、肉体の制約から解放するための技術です。人間と動物の違いは、技術によって能力を拡張し、進化できるかどうかだと思います。だから、アバターを使って自由に活動するというのは、最も人間らしい行為なんですね。

 差別はまさにそうですが人間が肉体を持っているから生まれるわけです。その要素は性別、人種など、すべて身体と関係しています。アバターを実装することで、差別がなくダイバーシティが許容される世の中を作り、多様な人たちと自由に繋がって一緒に生きていく。そんなインクルージョンを実現できることになるでしょう。

ーーアバターが実装された社会はどのように変わるのでしょうか。 例えば、一般的な学生の生活はどのようになりますか?

石黒:現代の学校制度では通常、先生一人で多数の生徒に講義をします。生徒は一人ひとりで能力も興味も違うのに、みんな同じ内容を同じ速度で教わるんですよ。これでは良い教育にならない。予算や人的リソースが許すのであれば、一人ひとりに家庭教師がついて、それぞれに合わせた教育をするべきです。それは現状では難しいですが、AIやアバターの技術を使えば実現する。例えば、簡単なことは全部AIが教えて、難しいことはアバターや先生が教えるようにします。

ーーAIが教えたほうがいいものと、アバターや人が教えたほうがいいものの違いとは?

石黒:AIが教えた方がいいのは基礎的な知識です。例えば、英語初心者にとって、先生の前で下手な発音を繰り返すのは恥ずかしい。でもAIが相手だったら、10回でも20回でも練習ができるわけです。ただAIはすべてを答えられるわけじゃないので、難易度の高い概念的なことは先生が教えたほうがよいでしょう。

 学校が必要ないとは思っていません。そこで友達を作ったり、ディスカッションしたりするのは、とても大事なことです。人が勉強するモチベーションは、友達に教えること、自慢すること、つまり人間関係のなかからしか生まれないんです。先生や親に「勉強しなさい」と言われてもそれは命令なので、「なんで言うこと聞かなあかんねん」と思うでしょう。だから、友達と議論でモチベーションを作りながら、自分で勉強をするというのが理想的です。そこでアバターを使えば、世界中の人々を召喚して、インターナショナルに議論することができます。

 教師にとって本当に重要なのは、そういう環境を作ることです。モチベーションのある学生には、いろんな教材やAIを与えて、一人でどんどん勉強できるようにする。一方でやる気のない学生がいれば、議論の場や人間関係の輪を作ってあげて、まずはモチベーションを高めるようにする。それが一番正しい教育だと思っています。