漫画家・今日マチ子、神待ち少女と向き合って考えたこと 「10代の女の子たちが大人と同じように分別がつけられるわけない」

「自分で考えなさい!」は「勝手にしなさい」と同義

今日マチ子『かみまち 下』(集英社)

――戦争モノを描いたことで、その危機感や恐怖がより強くなった部分はありますか? 『かみまち』だけでなく、戦争モノを経た今日さんは、家庭内などの閉ざされた価値観の世界で生まれる歪みに、より着目していらっしゃるような気がするのですが……。

今日:あるかもしれませんね。軍国教育を受けている少女たちの考え方は、今の私たちから見ればおかしいことだらけなんですけれど、彼女たちにとってはそれがすべてで、まっとうなことだと信じ込んでいる。そのズレを感じてからは、本人は良かれと思っているんだけれど他者から見れば異様、という状態に注目するようになった気はします。今作では、自分で考えるということを知らない、主体性のないふわふわとした女の子だったウカが、母親の価値観から逃げた先でどうすれば自分の足で立てるようになるか、という成長も、描きたかったことの一つでした。そもそも、大多数の人たちは、とくに10代のころは「自分」なんてものを見つけられずに、ふわっと生きているものだと思いますし。

――「神の家」で、おじさんの不興を買ったウカが、「自分で考えなさい」と叱責される場面がありました。でもあれは、おじさんの望むとおりの答えを出せ、ということで、母親のもとにいたときと同様、「考える」ことを奪われた状態でもあるんですよね。

今日:大人と喧嘩したときによく「自分で考えなさい!」と言われることは多いと思いますが、あれは「勝手にしなさい」と同義で、突き放されているんですよね。どれだけ一生懸命考えて、これが答えなんじゃないかと思うことを伝えても、大人が想定するものと違っていたら、また怒られる。だったら最初から教えてくれよって思いますけど、大人は大人で思考放棄しているから、その答えがなんなのか、本当のところはわかっていないんじゃないのかな。ウカだけでなく、子どもたちには、そんな大人たちの求める勝手な答えではなく、本当の意味で、自分で考えるということの一歩を、踏み出してもらいたいなと思います。

――ウカの同級生で、ウカやナギサを救い出そうとするユキという女の子が作中には登場します。彼女が言った〈自分が恵まれた環境にいる甘ちゃんだってよくわかってます。そのことを他の人への優越感には絶対にしたくないんです〉というセリフが印象的でした。神待ち少女たちをカテゴライズして、自分とは違う存在だと線引きすることもまた、「じゃあどうすればいいのか」を考えることを放棄しているのと同義なのだなと、気づかされて。

今日:断絶をなくしたい、と思っていたんです。私は、比較的恵まれた思春期を送っていたので、神待ち少女たちの話を聞くときも、果たして本当に私でいいんだろうかと躊躇いがありました。でも、境遇が違っても隔たりを埋めることはできるはずだと信じたかった。それに、恵まれているように見えるウカが家を飛び出してしまったように、経済的に豊かで優秀な成績をおさめている学生だからって、なんの傷も抱えていないわけじゃない。そういえば学生時代、お母さんから毎日デブって言われ続けて死にたい、と言っていた子がいたのも思い出しました。ちょっとふくよかなだけの子だったんですけどね。

――その人にしかわからない地獄がありますよね。

今日:一方で、この作品を描いていた時期に、高校で講演をする機会があって。質問をしてくれた生徒さんが「困っている人たちのためになることをしたいと思っているけれど、そもそも自分の環境が恵まれすぎていて、大学に行っていいのだろうかなど、自分の置かれている立場のすべてが疑問に思えてきて悩んでいる」というようなことを言っていたんです。なんだか、ホッとしました。自分とは異なる境遇にいる人たちのことを切り捨てず、自分に何ができるのかをこんなに真摯に考えている子もいるんだと知れたのは、救いでした。その想いも、ユキちゃんと言うキャラクターには反映されています。

――描き切るのはものすごく苦しい作業だったと思いますが、描き終えてみていかがですか。

今日:今だから描けた作品だな、と思います。くしくも性加害が世の中で大きな問題として扱われるようになったからこそ、神待ち少女たちへの非難ではなく、考えるべきテーマとして受け取ってもらえたのだろうな、と。これまでならきっと、性被害を受ける人たちの落ち度についても、加害者の罪以上に語られていた気がしますしね。どうしてこれまで、とは思いますが、変化が起きているのは良いことだなと思います。とはいえ、私は男女の対立をあおりたいわけでもなく、作中でカゲロウという青年を登場させましたが、彼のように心底、素直な気持ちで少女たちを救いたいと思っている人のほうがきっと多いはずだと信じてもいます。

――『すずめの学校』も、親と子の関係を描いていますが、『かみまち』とは少し違う明るさもあって、2巻以降どうなっていくのか楽しみです。

今日:中学受験の話を描きたいとずっと思っていたので、ブームが来ている今が読んでもらえるチャンスだなと始めた作品ですね。ただ、中学受験って、親が主体の話が多すぎて、子どもが置き去りにされがち。でも実際は、楽しく勉強している子も多いので、見方を変えられるような作品にしたいと思っています。あとはどうしても、母親どうしの見栄を張り合うような話にもっていかれがちなので、その印象も変えられたらな、と。私はあまり共感を重視していない……と言うか信頼していないので、フィクションだからこそ描ける多角的な物語を、これからも紡いでいけたらと思っています。

■今日マチ子
漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題に。4度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。戦争を描いた『cocoon』は「マームとジプシー」によって舞台化。2014年に『みつあみの神様』他が手塚治虫文化賞新生賞、2015年に『いちご戦争』が日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。コロナ禍の日常を絵日記のように描いた『Distance わたしの#stayhome日記』は2022年1月に『報道ステーション』にて特集で紹介、2023年4月から町田市民文学館ことばらんどにて『今日マチ子「わたしの#stayhome日記」2020-2023展』を開催。近著に『From Tokyo わたしの#stayhome日記2022-2023』。2025年にはNHKにて『cocoon』のアニメ化が決定している。


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