『あかね噺』朱音、『ちはやふる』千早、『この音とまれ!』さとわ……“日本の伝統”と向き合うスーパーヒロインたち

 「若者に大人気」とは言いがたい伝統あるモチーフを描き、多くの読者に恵まれている漫画は少なくない。落語や歌舞伎のような伝統芸能から、三味線や箏のような伝統楽器まで、その魅力を周知することに貢献する作品もあり、若い読者が文化を再発見する機会にもなっている。本稿では、そんな作品で活躍する魅力的なヒロインをピックアップしてみたい。

『あかね噺』桜咲朱音(阿良川あかね)

「週刊少年ジャンプ」にて、今年2月から連載が始まった『あかね噺』(原作:末永裕樹 作画:馬上鷹将)。『このマンガがすごい!2023』のオトコ編4位にランクインした気鋭の作品で、父の芸の素晴らしさを証明するため、落語家の道に踏み出す主人公の朱音が魅力的だ。

 落語家の父・阿良川志ん太が真打昇進試験で、理不尽にも思える酷評と破門を受けて6年。父も師事していた阿良川志ぐまに教えを請い、小学校時代から必死で技術を磨き、17歳になった朱音は地頭がよく、読者にストレスを感じさせないキャラクターだ。

 こうしたサクセスストーリーには「失敗→修行→成功(成長)」というサイクルがつきものだが、成長のカタルシスを強調したいがために「失敗」を不用意に描いてしまう作品が散見される。その点、朱音は読者が疑問に思うような軽率な失敗をせず、「本当に父親の芸が好きで、必死で落語に打ち込んできた」ということが伝わってくる。朱音が直面する課題は、高座に上がって初めてわかることや、噺家として場数を踏んだプロだからこそ気がつくことで、その「答え」に一直線に向かう姿に感心させられる。

 才能だけでも、努力だけでも抜きん出ることはできない、伝統芸能の世界。そのなかでサクセスしていくことに説得力のある朱音は、漫画業界に現れた新時代のスーパーヒロインと言っていいだろう。

『ちはやふる』綾瀬千早

 競技かるたの普及に大きく貢献し、この12月に最終巻となる50巻が発売された『ちはやふる』。連載されていたのは女性漫画誌「BE・LOVE」で、ルックスこそ少女漫画の主人公然としているが、なりふり構わず競技に打ち込み、仲間とともに成長していく“ムダ美人”の千早は、むしろスポ根漫画やバトル漫画の主人公に近いパーソナリティを持つ。

 「“感じ”がいい」(音をとらえる能力が高い)という才能こそあるものの、体育会系で人がいい千早は、暗記や戦略などは得意としていない。しかし、青春をすべて捧げた努力と、周囲の人々から学ぶ素直な心で、初めて描いた自分だけの夢「クイーン位」に向けてひた走る。「(かるた)バカ」という言葉が、これほどポジティブに響くヒロインはそういない。

 そのひたむきな姿が、百人一首やかるたという文化の伝道師として適任だった千早。“好感度No.1ヒロイン”の座は、まだまだ揺るがないだろう。

『この音とまれ!』鳳月さとわ

 高校の箏曲部を舞台にした人気作『この音とまれ!』にも、凛々しいヒロインが登場する。箏の家元・鳳月会の当代家元を母に持つさとわは、ある事情から破門された身で、孤独に箏と向き合ってきた。

 努力に裏打ちされたあまりにも高い演奏技術と、人に無関心に見えて実は仲間思いの熱い性格。当初こそ、高飛車な性格を演じて人を遠ざけていたが、本作の主人公・久遠愛をはじめとする箏曲部の道標となり、また逆に箏曲部での日々が、さとわにとっても心を開き、家族とも和解するきっかけになっていく。

 久遠とともに、心の強さや純粋さが音になる、ということを体現するようなキャラクターに成長し、和装や佇まいの美しさで日本の伝統を伝えてきた、鳳月さとわ。淡い恋心にも胸を締めつけられる、正統派ヒロインだ。

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