村田沙耶香が語る、世界に向けて小説を書くこと 「自分にとって都合の悪い作品を作りたい」

自分にとって都合の悪い小説を書きたい


――小説だけでなくエッセイも2篇収録されています。「気持ちよさという罪」は「多様性」がテーマですね。 

村田:今回の短篇集は海外から依頼を受けて書いた作品が多いのですが、「気持ちよさという罪」は朝日新聞さんからの依頼でした。多様性はとても大事だし尊重したいと思いつつ、その言葉をなんだかうまく使えない自分がいて、その思いを書きました。 

 先ほども話した通り、私は良さそうなものにすごく弱くて。特に子どもの頃はぱっと早い速度で反射的に良さそうなものを信じてしまっていたので。たとえば今、宇宙人が攻撃してきたら、必死に殺すかもしれない。その後、よく調べたらそれは人間と同じ生きもので、しかもちゃんと事情があったりしたら、その時自分をどう思うのかな、などと想像しています。多様性という言葉を使えないのは、自分はその意味を本当には理解していないんじゃないか、と疑っているからなのかもしれません。 

 話がずれるかもしれないのですが、去年『丸の内魔法少女ミラクリーナ』という短編集を出しました。表題作の初出は2014年だったんですが、月日が経ってゲラを見直したら、「中年の男性が魔法少女になる」という設定をちょっと笑い話っぽく書いてしまっていました。今の自分の感覚ではまったくそれはありえることだし、おちょくって書くなんて昔の自分は最低だ、と思いながら必死に直したんです。 

 価値観や倫理観が変わっていることは、怖いと同時に興味深くもありました。「人間って感じがするなあ」というか。 

――どういうことでしょう? 

村田:その時々で全然違うことをしているのに、行動している今は100パーセント自分が正しいと思っているところでしょうか。私は自分をすごく愚かで浅はかだと思っていて、もちろんそれはいけないことなんですけど、同時に人間的だと感じています。また10年後には価値観が変わって、まったく違うことをしているかもしれません。でも、生まれた時からそうだったみたいに振る舞うんじゃなくて、せめてそのことに気づいていたいです。 

 自分にとって都合の悪い小説を書きたいと思っています。この小説が存在していることが恐ろしかったり、のんきに生きている自分が気持ち悪さを感じるようなものを書きたい。小説を書いている人って、すごく賢い人が多いと感じていつも尊敬していて。そんな中で平凡な愚かさをたくさん持っている私が書くのだから、自分をばらばらに解剖して、冷静に見つめながら小説を書きたいです。 

 自分の肉体や人生経験は、すべて小説のために利用できると考えていて、自分は、小説を書くために世界に置かれている人間だと思っています。その人間を解剖すると浅はかさや愚かさ、醜さやおぞましさがいっぱい出てくるので、これはこれで被験体として便利かなと感じています。 

気づいてはいないけど何かを見ている


――本書には他にも、すべてが均質化した街と多様な文化が入り混じった街が描かれる「カルチャーショック」、65歳の時点で生きている可能性を数値化した「生存率」が重視されるようになった未来の日本を描く「生存」など、多彩な短篇が収録されています。多くが海外からの依頼とのことですが、国内からの依頼との違いはありますか? 

村田:基本的に大きな違いはない気がしますが、この本に集められた小説は、依頼の内容が具体的な場合が多い気がします。「カルチャーショック」はイギリスの「マンチェスター インターナショナル フェスティバル」という国際芸術祭で行われた朗読イベントのために書き下ろした小説でした。「旅にまつわる、匿名的な一人称の語りで、旅先で出会った人との会話が含まれるもの」と、具体的なテーマが設けられていました。 

 イベントは7カ国の作家が母国語で朗読し、その音声を骨伝導ヘッドフォンで聴きながら、会場の中央で英語の劇を上演するというものです。依頼してくださったのはイギリスの小説家、アダム・サールウェルさんでした。アダムさんはご自身が英語話者のため、多くの小説が英語で読めてしまったり、他の言語を喋る方とも英語で話せてしまったり、そのことに違和感があると仰っていました。「自分は母国語の英語で書けば世界中で読んでもらえるけど、他の国の作家は翻訳を経ないと読まれる機会がなく、英語で書くようになる作家もいます。いろいろな言語の響きが反響しあうようなイベントにしたいです」と仰っていました。たしかに日本に住んでいると気づかないけど、このまま日本語が世界中のどこでも通じて、他の国の人が自分の言葉をどんどん捨てていったら怖いですよね。そこから、なんとなく物語が生まれました。 

 「生存」はジョン・フリーマンさんという編集者さんからの「地球温暖化と社会的な不平等の相互関係をテーマに」という依頼です。自分からこのテーマで小説を書こうとは思わなかったので、意外な引き出しを開けてみる感覚がありました。 

――海外の読者を意識して書き分けることや、反応の違いを感じることはありますか? 

村田:自分から書き分けることはないです。翻訳家さんを信頼するようにしています。反応の違いでいうと、芥川賞を受賞した『コンビニ人間』が英訳されたあと色々な国のイベントに行くと必ず「主人公は自閉症スペクトラムですか?」と聞かれました。今の日本で出版したらそう聞かれるかもしれませんが、当時は意外に感じました。 

 あと、海外の記者の方からの取材では「社会的な問題意識があって書いているのですか」と聞かれることが多いです。ただ、実際にはまったくなくて。水槽の中に発生した物語を、ひたすら誠実に書き留めたいという、ただそれだけで、本当に何も考えずに書いています。たぶん、取材してる方はこういう私を軽蔑なさっているなあ、と思う時もあります。ただ、無意識を使って書いているので、気づいてはいないけど何かを見ていて、それがかたちを変えて小説の中に出てきている可能性はあります。個人的には、自分の無意識も超越したものが書きたいので、もっと小説には自分を裏切ってほしいです。

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