漫画界に新たな才能 話題作「大好きな妻だった」含む、武田登竜門作品集『あと一歩、 そばに来て』評
ちなみに、軟禁中、王女はずっと目隠しをされていたため、お互いの顔を見るのは、この時が初めてである。また、男の顔も、そこに至るまで(意図的に)ほぼシルエットで描かれているため、王女だけでなく読者も、この時、初めて彼の素顔を知ることになる。つまり、武田登竜門は、ほとんど全ての場面を、2人の主要キャラの「目」を描かずに、心の交流を表現しているわけであり、その手腕は並外れたものだといっていいだろう。
改めていうまでもなく、目は、漫画のキャラクターの喜怒哀楽を表現するうえで、最も重要なパーツの1つである。また、そもそも武田登竜門の作品は、「キャラクターの表情の巧さで読ませる漫画」だといってもいいくらいなのだ(たとえば、「大好きな妻だった」の最後のコマで描かれている、「妻」のなんともいえない表情――特に目を見られたい)。
そのことを知っていながら、あえて、本作で作者は、“多くを語れる”はずの目を描かずに、口元と指先の動きだけで、「王女」と「少女」の間で揺れ動く、主人公の“心の表情”を描き切った――。
武田登竜門、恐るべし。
なお、「大好きな妻だった」は、本稿を書いている現時点(2022年4月)では、まだ「Webアクション」にて無料公開中のようなので、武田登竜門という漫画家に興味を持たれた方は、まずはそちらをお読みいただくといいだろう(同サイトでは、武田の長編作品『BADDUCKS』も連載中だ)。