古代中国の性生活は想像以上に激しい? 早大教授が語る、驚きと発見の日常史

戸籍登録すら怪しい時代に民を統制できるわけがない


――古代中国の人々は、現代人からすると極めて独特な生活をしているように映りますが、一方で娯楽もあれば恋愛もあり、お酒を飲んで酔っぱらったりと、案外楽しいこともあるように感じました。もちろん身分にもよると思いますが、本書を読んで、意外と暮らしていけそうなイメージも持ちました。

柿沼:もともと、中国古代史の研究者にはマルキストが多く、貧しい階級の人々が上位の階級の人々を倒して、社会が新しい段階に行くという歴史観で論文を書くケースが目立っています。だから、日常史を描くにしても人々の生活の悲劇的な側面ーーいかに民が搾取されているかとか、それに鬱憤をためているとか、そういう話が多くなります。当然、そういう歴史は実際にあったわけですが、今回の書籍で僕が目指したのはむしろ、マルキストさえくだらないと思うような事実に目を向けることです。古代中国の人々もブレスケアをしていたとか、皇帝にほめられたら座布団を増やしてもらえるとか、そういう事実を集めていくと、陽気で愉快な歴史像も出てくる。本当にタイムスリップしたら悲劇的な側面にも直面するはずで、「虐げられている弱き民に光を当てないとは何ごとか」と言う批判は、伝統的な歴史学者からはあり得ると思います。でも、そういう論文や本はたくさんありますから、本書は楽しんで読んでいただければ。

――古代中国の生活を眺める中で、特に心を惹かれた特殊な風習や印象に残った文化は?

柿沼:個人的にお酒が好きなこともあって、寝ゲロしている人の話とかは大好きです。でも、酔っぱらって歐吐した女性が、かってに毒をもられたと思い込み、地面に散らばったゲロを舐めて「やっぱり毒じゃなさそうだわ」と言うシーンがあるんですけれど、そういうのは何を考えているのか全く理解できませんでした(笑)。

――衛生観念をはじめ、古代中国の人々の世界の認識の仕方は、現代人とどうやらだいぶ違っているらしいことが見えてきますね。

柿沼:古代中国の世界を描いてみて思ったのは、現代とあまり変わらないような部分もあれば、まったく違う部分もあるということで、本書を執筆する上ではそのバランスが肝要でした。トイレなんかは、中国の田舎町に行くと今でも似たような光景が広がっているので、まあ理解できますけれど、痰つぼ係の少年とかはやっぱり意味不明な存在ですよね。


――個人的に面白かったのは、恋愛や結婚についての章です。魅力的な女性がいたら男性はすぐにナンパをするとか、イケメンが街を通ると女性がキャーキャー言うとか、その辺りは現代と似ているように感じました。

柿沼:既婚者が暇つぶしに女性に声をかけるナンパとか、女性がイケメンの馬車を取り囲んで果物をあげたりする文化はあったようです。でも、それが自由恋愛に発展して結婚につながるのが一般的だったかというと、おそらく違うんですね。貴族レベルの男性にとって、ナンパは日常的で、あそこの飲み屋には中央アジアからきた美人がいるから行ってみようとか、そういう記録が残っています。また、それに伴って失恋の歌もあって、女性側が「結局、彼は階級の違う人だからそのうちどこかに飛び立ってしまうわ」と歌ったりもしている。春秋時代や南北朝時代にはそういう歌があったので、ある程度の自由恋愛があったものの、やはり身分などで規制されているところはあったでしょう。

 一方、秦漢時代の場合は、儒教の影響が非常に強くなってくるので、女性にボディータッチしてはいけないとか、弟は兄嫁と会話するだけで疑惑を持たれるとか、めちゃくちゃお堅いところがあった。兄嫁が川で溺れているときに、弟は手を差し伸べるべきかどうかという悩みに対して、孟子が「さすがにそれは手を差し伸べて命を救ってあげようよ」とアドバイスしたりとか、そういうことが話題になってしまうくらいお堅い。ところが、資料をよく読むと、隠れて自由恋愛をしているやんちゃな例もいっぱい出てくる。現代の不倫問題などと同じで、ダメだダメだと言われながらも、隠れてなんとかしようとする人は山ほどいたんですね。

 漫画『キングダム』で有名な秦と言う国は法治国家だったのですが、最近見つかった裁判の判例などでは、亡くなった旦那の棺の横で奥さんが違う男とセックスしているのを、旦那のお母さんが見つけて訴えるというドロドロな展開があって(笑)。結局、旦那はすでに死んでいるから不倫ではないという無罪判決になっています。歴史には裏と表があって、実際には裏の方が日常に根ざしたものなんだろうなと、僕は思っています。

――たしかに、歴史上の人物よりはるかに多い数の民がいたわけですから、実際には取るに足らない出来事が大半をしめていたのだろうと思います。

柿沼:この本を書いていて思ったのは、あまり法律に関して書かれた資料を鵜呑みにしない方が良いということですね。今もそうですけれど、中国は共産党による監視国家だなどと言われながら、実際にそこで長く暮らしてみると、民はかなりテキトーに生きていることがわかる。もちろん、習近平政権になってから中国の統制力が強くなってきているのは事実だと思いますが、一般人の生活はまだまだフリーです。ましてや古代中国は皇帝専制だと言われていますが、マイナンバーもなければインターネットもない、戸籍登録すら怪しい時代ですから、民を完璧に監視・統制できるわけがないんですよ。

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