ラノベ市場、この10年で読者層はどう変わった? 「大人が楽しめる」作品への変遷をたどる

上の世代に向けて拡張していく一方、かつての本丸は……

 こうして見ると、2010年代のラノベ市場はおおむね読者年齢を上の方に拡張していったことがわかる。

 2010年代後半以降になると、2000年代までに創刊された文庫のラノベレーベル(「狭義のラノベ」を担ってきた刊行元)から、ウェブ発ではない、従来からの文庫書き下ろし形態で書かれたものであるにもかかわらず、大学生や社会人の主人公やヒロインが登場する作品も少なくなくなった。もちろんこれらの主たる読者は中高生ではなく、それ以上の年齢である。

 10代向けの新しい動きは? さらに下の方には? と言うと、ボカロ小説は中高生女子を中心に、従来のラノベ読者とはまた別の層に熱狂的に支持された。しかし2010年代半ばになると失速し、その後もボカロ小説で売れ続けるシリーズは『カゲロウデイズ』と『告白予行練習』くらいになってしまった。

 2009年に創刊された角川つばさ文庫は、当初こそ谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』などのライトノベルを小学校中高学年向けの児童文庫作品として出し直していたが、こうした動きは続かなかった。児童文庫は表紙がイラストで挿絵もあるという意味ではライトノベルに近いし、しばしば装丁やイラストが「ラノベ化している」と年長世代から批判されることもあるが、児童書関係者からラノベ(的)だと思って作っていると筆者は聞いたことがないし、何より読者はラノベやその仲間と思って読んでいないだろう。

 ラノベはもはやユースカルチャーではない。幅広い年齢に向けられたサブカルチャーの一種である。特定のタイプの映像化作品だけが中高生にも読まれ、特定ジャンルの作品だけが高校生、大学生にも読まれるものになった。それ以外は10代には遠いもの、関係ないものとして認識されている――マンガや映画、ラノベ以外の小説がそうであるように。

 興味深いことに、児童書市場は、絵本でも子ども向け実用書でも学習マンガなどでも「大人も楽しめる」「親子で読める」作品を充実させることによって、かつてであれば親が自分のために使っていた書籍代を奪うようにして市場を拡大させた。人口減と書籍代減というマクロトレンドがあるにもかかわらず、児童書市場は2012年は780億円、19年は880億円と増加している。

 一方、紙の文庫ラノベ市場もこの10年で「大人が楽しめる」方向に拡張したものの、規模は半減した。文庫のライトノベル市場は、2012年が統計を取り始めて以来のピークで284億円、2019年には143億円と半減(出版科学研究所調べ)。そもそも文庫本市場は落ち込みが激しいが、文庫全体の落ち込みよりハイペースで文庫ラノベ市場は縮小している。ラノベはコミックと違って電子書籍市場が紙と同じくらいあるわけではなく、合算してもピークより減ったことは今や認めざるを得ない。もっとも、単行本+文庫でラノベ市場を見ると市場規模はプラスであるとの記述が出版科学研究所『出版指標年報2018年版』にはあるものの、中高生が主に買っていた文庫ラノベに関してはほんの数年で半分になったことは事実だ。ラノベ市場は、上には広がったが、元々のターゲット向けの本丸は弱体化したように映る。

 かつてラノベは中高生向けと言われたが、ラノベの側、本の作り手側がまず中高生から離れ、それを追いかけるように中高生が以前よりラノベから離れた。一昔前は「大人のライトノベル」は例外的な存在だったが、今やそちらのほうが主流と言っていいだろう。文字通り、ライトノベルは成熟したのだ。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

 

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