古谷実『ヒメアノ~ル』が名作とされる理由 元少年Aが共感した、サイコキラーの苦悩

 実在するサイコキラーによる事件で第一想起するのは、1997年に発生した神戸連続児童殺傷事件である。14歳の少年による犯行であったこと、極めて猟奇的で残酷な殺害方法であったこと、挑発的で犯行声明文がマスコミに送付されたことなどから、記憶に焼き付いて離れない。加害男性は2015年に「元少年A」名義で『絶歌』という名の手記を出版し、再び世間に波紋を呼んだ。

 本書は二章に分かれており、第一章では事件に至るまでの心情や経緯、第二章では少年院出所後の人生が綴られている。その第二章では、元少年Aが古谷実のファンで、『ヒメアノ~ル』を「僕がいちばん好きな古谷作品」といい、特に先述した最終話の「マヌケニンゲン」で森田が自分の過去を回想するシーンには自分を重ね、漫画を読んで初めて泣いたことが綴られていた。本書ではこれ以外にも、彼が普通に生きられなかった苦悩が所々に綴られおり、元少年Aは確かに森田に通じる点があるようにも感じた。これは、『ヒメアノ~ル』が非常にリアルにサイコキラーの心理を描いた秀逸な作品である証拠ともいえるだろう。

 ちなみに『ヒメアノ~ル』のラストシーンはかなり唐突で、公園で寝ていた森田が警察官に発見されて即終了となる。しかし、漫画を閉じた後も森田のことが頭から離れない。捕まった後、森田はきっと死刑になるだろう。死を待つ間、森田は何を考えるのだろう。ユカを殺せなかったことを悔やむのだろうか。それとも、自身の運命を呪うのだろうか。そして、現実にも発生しうる森田のような存在を私たちはどう受け止めるべきなのだろうか。漫画自体はあっさりと終わるにもかかわらず、読者の胸にはズシンと重たい何かを残していく。ある意味、後味の悪い読後感も、この作品が名作といえる理由の一つである。

■南 明歩
ヴィジュアル系を聴いて育った平成生まれのライター。埼玉県出身。

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