芥川賞受賞作、高山羽根子『首里の馬』が問いかける永遠とは? 継承される意思・使命

 そして「孤独」と同様、「情報」も取り扱いに注意すべきである。地元の人からうさん臭く思われながら、順さんが資料館に集めた沖縄の記録。そこにどのような意味があるのか。作者は情報の力が発揮されるような派手なエピソードを創ることはしない。ただ未名子の行動と思いを通じて、情報と化した歴史や記録の価値を、静かに指し示すのだ。ここで描かれている「孤独」と「情報」は、一筋縄ではいかない深さを持ち、物語の魅力に繋がっていくのである。

 また、その背後に、沖縄の受難の歴史が横たわっていることも、見逃してはならないだろう。資料館の運命や、宮古馬が幻になった理由など、幾つかのエピソードによって、沖縄と、そこで生きてきた人々の状況が浮かび上がってくる。彼らの悲劇は大きいが、それゆえに加害者の立場になる場合もあるということは、資料館の扱いを見れば明らかだ。

 さらにラストの未名子の姿から、世界とコミットする方法が、消極的なものから積極的なものになったように見える。しかしそれを、「成長」というのは間違いだろう。彼女の本質は変わっていない。

 本書の中に、「この島の、できる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように。自分の手元にあるものは全世界の知のほんの一部かもしれないけれど、消すことなく残すというのが自分の使命だと、未名子はたぶん、信念のように考えている」という一文がある。彼女の生き方はこれからも変わるかもしれないが、信念は変わることがないだろう。それはとても嬉しいことである。なぜなら私たちもいつか死に、情報になるからだ。順さんから未名子、そして未名子から誰かに受け継がれるはずの使命が、私たちの存在を永遠のものにしてくれるのである。

 ところで本稿の冒頭で、高山羽根子のことを、うどんの人と書いた。だが、本書を読んでしまったので、これからは“馬の人”と思うことになりそうだ。芥川賞がどうだとか関係なく、それほど強いインパクトを与えてくれる作品なのである。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『首里の馬』
著者:高山羽根子
出版社:新潮社
価格:1,375円(税込)
https://www.shinchosha.co.jp/book/353381/

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