『コロコロコミック』はなぜ子どもたちを魅了し続ける? 飯田一史が語る、「子どもの本」市場の変遷

朝読と児童書市場

――1990年代までコミックス市場の拡大と児童書市場の縮小という流れがあったのが、2000年代になるとまた変わってくるのも興味深いところです。このメカニズムについても教えてください。

飯田:1999年に日本で『ハリー・ポッターと賢者の石』が発売されて即ブームになった。これがひとつには大きい。でも、『ハリー・ポッター』は分厚い本ですから、親が買い与えても放っておいたら多くの子どもは読まなかった可能性もある。しかし90年代末から全国の学校で「朝の読書」運動(「朝読」)の実施校が急増していったこともあり、子どもたちの生活サイクルに読書の時間が組み込まれた。「朝読」は1988年に始まり、最初の10年は「荒れた学校を静める」ことへの対策に導入されていたのが、2000年に行われたOECD加盟国の15歳が受ける学力テスト「PISA」の結果、「読解力」部門で日本は8位となってフィンランドなどに負け、「もっと子どもに本を読ませるべき」との流れが加速し、以降は「読解力向上」「学力向上」目的に朝読をはじめとする読書関連活動が学校で推進され、合わせて学校図書館改革も進んでいきます。これらの影響がきわめて大きい。

――環境面でいうと、1990年代後半以降、地方に大型のショッピングセンターが続々とできたことも児童書市場に影響を与えたとありました。

飯田:90年代には町の中小書店では児童書は年々売れなくなり、言葉を選ばず言えばお荷物扱いだったのですが、イオン(当時はジャスコ)をはじめとするショッピングセンターには家族連れが来る。だから子どもに時間を潰させるのに児童書コーナーが有効だった。ちょうど90年代末から出版業界発で書店での子ども向けイベントやフェアに力を入れていったこともあって、「これ買って!」が発生することも多かったんじゃないでしょうか。

――第3章では、具体的に様々な作品を挙げながら、ヒットの理由を考察しています。ヨシタケシンスケさんの本などは、一見すると大人も読んでいるからヒットしていると思いがちだけど、そうではなくて、ちゃんと子どもも読んでいるのがポイントであると。

飯田:ヨシタケさんはインタビューで「大人にも楽しんでもらえるように描きました」みたいなことを言ってはいます。ただ世の中に少なくない「大人しか読んでいない絵本」ではありません。ヨシタケ作品は年齢によって刺さる部分が違うんですね。大人は登場する大人に共感できるように書いてあるし、子どもは子どもに共感できる。さらに子どもといっても未就学児と小学校高学年では感覚が全然違うわけですが、それぞれが興味を惹かれるようなつくりになっている。たとえば『りんごかもしれない』なら3歳児は「らんご りんご るんご れんご ろんご」みたいな言葉遊びに笑って楽しむだろうし、高学年なら一見りんごに見える物体がりんごではない何かかもしれないという空想を通じて、思春期の入り口らしく世の中や大人の言っていることへの疑いを膨らませるかもしれない。いろいろなフックがあって、そこが巧みです。

――比較的最近の流れだと、「二一世紀の学習マンガ」の節も面白かったです。大ヒットした映画『ビリギャル』のなかで小学館の『学習まんが 少年少女日本の歴史』が紹介されたことで学習マンガブームが訪れたと。

飯田:学習まんが市場もおもしろいですね。児童マンガ市場は『コロコロ』『ちゃお』を除くとかなり厳しい状況ですが、学習まんが市場は活況を呈している。つまり小学生向けのマンガ市場の主戦場は『コロコロ』と『ちゃお』を除けば実質的に学習まんがなんですね。

 興味深いことに、日本でも人気の高い韓国発の『サバイバル』(科学漫画サバイバルシリーズ)やマレーシア発の『どっちが強い!?』(角川まんが科学シリーズ)はいずれも本国ではただの「マンガ」(コミック)で、娯楽要素しかない子ども向けマンガと並べて売られている。つまり「児童マンガ」や「少年マンガ」と「学習まんが」とを分ける、書店で置かれる棚の場所も違う、というカテゴリー区分は日本独自のものです。

 しかし内容的に見ると『サバイバル』は元気で行動的でちょっとバカという主人公が活躍するアクションマンガで、学習要素を抜けば「コロコロコミック」に載っていてもおかしくない。『サバイバル』や『どっちが強い!?』を読んでいればシームレスに『ジャンプ』連載の科学マンガ『DR.STONE』にもステップアップできる。でも日本ではなぜか別カテゴリーのものとして、かたや朝読で読むことが許される「児童書」であり、かたや学校に持ってくること自体が禁じられている「マンガ」という扱いを受けている。

 こんなふうにマンガひとつとっても児童書カテゴリーにあるものとそうでないものを横断的に見ることでその分け方の奇妙さ、あるいは子ども目線で見たときの共通性に気付くことができる。こういうことも、狭義の「児童書」ではなく広義の「子どもの本」として捉えるというこの本の視点がなぜ必要かという理由になっています。

■書籍情報
『いま、子どもの本が売れる理由』
飯田一史 著
発売中
定価:本体1,800円+税
出版社:筑摩書房

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