『チェンソーマン』クレイジーな新ヒーロー・デンジの魅力とは? 常識と道徳心の欠けた主人公の強み

「テメエら全員殺せばよぉ! 借金はパアだぜ! ギャアーハッハハァ!!」

 悪役のセリフではない。これは『チェンソーマン』の主人公であるデンジが、敵を嬲りながら放ったセリフだ。こんな倫理観もへったくれもないセリフ、他の作品の主人公が吐くことはそうそうないだろう。常識と道徳心の欠如した最高にクレイジーな新ヒーロー。それがデンジだ。

『チェンソーマン』の連載がスタートした『週刊少年ジャンプ』2019年1号

 デンジの人生はどん底から始まっている。人を襲う悪魔と、それを狩るデビルハンターが存在する世界。幼いころに父が死に、その借金を背負わされたデンジは、やくざにデビルハンターとしてこき使われて暮らしている。借金のかたに内臓や目玉も売らされた上に、働いても働いても返済金でむしり取られる。ジリ貧のなか、一枚の食パンを齧って飢えをしのぐような生活。唯一の相棒は、犬のような姿の悪魔・ポチタだけ。

「食パンにジャム塗ってポチタと食って、女とイチャイチャしたりして、一緒に部屋でゲームして……抱かれながら眠るんだ……」

 床で丸くなってポチタを抱きながらデンジが願う夢は、余りにもささやかだ。

 だが、ついに雇い主であるやくざにも裏切られ、デンジはゾンビの悪魔に殺されてしまう。その時、チェンソーの悪魔であるポチタが語りかけてくる。

「私の心臓をやる。かわりに……デンジの夢を私に見せてくれ」

 ポチタの心臓を宿して復活したデンジは、チェンソーの悪魔の力を手に入れていた。

 ゾンビの悪魔を殺したデンジの前に現れたのは、公安のデビルハンター・マキマだった。マキマはデンジに、「悪魔として殺されるか、人として私に飼われるか」の選択肢を与える。

「飼うならちゃんと餌はあげるよ」
「……朝メシはどんなの?」
「食パンにバターとジャム塗って……サラダとコーヒー、あと…デザートかな」

 どうってことのない朝食のメニュー。それは、デンジが夢見た以上のものだった。

「最高じゃあないっすか」

 こうしてデンジは、公安のデビルハンターとなることを選ぶ。

「返事は「はい」か「ワン」だけ」「使えない公安の犬は安楽死」

 デンジを脅して使うマキマには非情さが垣間見える。けれど、今までの人生で誰にもまともに扱われたことのないデンジは、食事を与えてくれ、(犬として)優しく接してくれる上に美人のマキマに一瞬で心を奪われる。好きな男のタイプを訊かれて、いけしゃあしゃあと「デンジ君みたいな人」と答える狡さもまともに受け止めて(一緒に仕事してくうちにそういう関係になってくんじゃねーか?)と妄想を膨らませる。

 公安のデビルハンターとしての仕事が始まってからも、デンジの単純さは常識のなさとも相まって爆発していく。胸を揉ませてやるとか、ベロチューしてあげる、なんて餌につられて猛然と死地に飛び込んでいくし、敵に対してもそのクレイジーさは遺憾なく発揮される。

「悪いヤツぁ好きだぜ~? ぶっ殺しても誰も文句言わねえからなあ~」

「テメエが俺に切られて血ィ流して! 俺がテメエの血ィ飲んで回復…! 永久機関が完成しちまったなアア~!」

 セリフだけ見れば完全にヴィランのそれだ。「人と悪魔どっちの味方だ?」という質問にさえ「俺を面倒みてくれるほう」と即答する。その言動は、心臓に悪魔を宿しているからだけでなく、すでに半ば悪魔だ。

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