みずほ銀行トラブルの背景にあった恐るべき状況とは? 『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』を読む

「みずほのシステム開発がヤバい」の何がヤバいのか詳しく知らなかった人に最適

 「みずほ銀行のシステム開発が終わらなくてヤバい」

 銀行やシステム開発業界以外の人間でもなんとなく噂に聞いたことがある人は多いだろう(2019年7月26日に新しい勘定系システム「MINORI」はようやく稼働開始)。

 あるいは第一勧業銀行、日本興業銀行、富士銀行が合併して2002年4月1日にみずほ銀行が誕生してすぐ大規模システム障害を起こしたことや、2011年3月11日の東日本大震災後の義援金振り込みがあまりに大量になったためにやはりシステム障害を起こした際に被害にあったみずほユーザーも少なくないはずだ。

 日経コンピュータの記者たちによる『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 史上最大のITプロジェクト「3度目の正直」』は、なぜ合併から統合システムの構築まで19年、4000億円もかかったのか、なぜ二度の大規模障害が発生したのかを辿った著作である。

 「ぼんやり聞いたことはあるけどあれなんだったの?」くらいの知識しかない読者が読むのにちょうどいい本になっている。というのも、関わった人間がネットで漏らしてきたような現場の阿鼻叫喚、死屍累々ぶりは業界誌記者によるものということもあって極めて控えめだ。「みずほ本」「みずほの本」などでSNSや書評サイトを検索すると、そこの手薄さに対する批判が目立ってはいる(批判者の多くは自分が関わって大変な目に遭ったからこそ「おいおい、そんな簡単にまとめんじゃねーよ」という怒りがあるのだと思われる)。

 ただもうちょっとネットを掘っていくとこのプロジェクトに関わってきた方々による呪詛のような言葉はある。システム開発に明るくなくてピンとこなかった部分も、関わった人以外も含めたネットの感想と合わせて読むと「ああ、そういうヤバいことなのね」とわかってくる。だから、この本でおおよその全体像を把握した上で掘っていくことをオススメしたい。

さらっとした記述だがぎょっとすることの連発

 本書は業界誌の記事をまとめたゆえに、ことさらに煽るような書き方はしていないが、それでもぎょっとするような記述はたくさんある。たとえばそもそも合併直後になぜ大規模障害が起こったのかについての理由の分析だ。

 これはそもそもシステム部門の言葉を経営陣が理解できず、口では「戦略的IT投資」とか言っていたが何もわかっておらず、情報システム部門に丸投げしていたことが大きな原因だ。

 ではなぜそんなにやる気がなかったのか? 企業の資金調達が90年代以降、間接金融(銀行から借りる)中心から直接金融(株や社債を発行して調達)中心に移り、銀行が間接金融を行うための元となる資金(=われわれがふだん日常的に銀行に預けている普通口座のお金)の獲得、リテール業務は巨大ではあるものの収益性が下がっていったからだ。それでいてリテール業務に関わる勘定系システムを改修するには莫大なコストが見込まれる。だから手を付けなくていいならなるべく長い間、手を付けたくなかったのである。

 そんな背景のもと、旧第一勧銀、旧日本興業銀行、旧富士銀行の三行とそれらの勘定系システムを作ってきたコンピュータメーカー各社は合併後もそれぞれが自分たちのことを中心に考え続けた結果、泥仕合になった。

 ITのことが皆目わからず、さらに三行は勢力が均衡していたがために経営陣はトップダウンで決められず、「基盤は日本IBM、その上で走るアプリケーションは富士通」といった、システム開発に詳しくない人間が聞いただけでも「絶対それトラブル起きるでしょ?」という事態が現実に発生してしまった。

 ほかの産業と比べても事故が起きてはいけない金融機関であるにもかかわらず、合併=新システム稼働の日付を優先し、見切り発車した結果、案の定トラブったのである。

 筆者は2000年春に大学入学したタイミングで富士銀行の口座を作っていたが、2002年4月に合併したときキャッシュカードでお金を下ろそうと思ったらたしかATMの前に張り紙がしてあって「旧富士銀行のキャッシュカードは旧富士銀行の店舗以外では使わないでください」みたいなことが書いてあって「は???」と思った記憶がある。それをやるとお金は引き出せないのに口座の金額だけは減るというとんでもないことになったのだ。

 そのときは「合併って大変なんだなあ」くらいにのんきに思っていたが、「それはうまくいかないでしょう」という背景があったわけだ。

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