“リアルレスラー”ケンドー・カシンが新著で明かす、プロレス人生と大仁田厚への本音

サイコロジーの戦いができる大仁田厚

 本書でカシンは先輩後輩を問わず、様々なレスラーについて語っている。相変わらず人に言われたら恥ずかしいエピソードや、「それ言ってるのバレたら怒られるだろ!」というのを、ひとネタ必ず噛ませてくるので、一見相手を茶化してバカにしているように見えるのだが、認めている相手のことは(それがたとえ人間的に嫌いな相手でも)リスペクトの気持ちを隠そうとせず、しっかりと認めている。その落として上げる、上げて落とす絶妙のリズムとテンポが、ネタにされている人物の人間味を感じさせ、かえってその人物に好印象を与えているのである。往年のリック・フレアーという名レスラーはほうき相手でもプロレスができると言われた。プロレスというのは相手を光らせることによって、より自分の輝きを増し、観客に伝えていくものであるが、現代の名レスラー、カシンは本書で読者相手にプロレスをしているのである。くだらないことを言い続けていたと思ったら、突然真面目なことを挟み込んでくる。それはカシンの仮面の裏に隠れた、石澤常光の素顔を思い出させる瞬間でもある。そのカシンが話すときに特別な感情を向けるレスラーが本書には2人登場する。1人はアントニオ猪木であり、もう1人が大仁田厚である。

 特に大仁田に関しては、前作でも「節目節目で大きな影響を受けてきた」と発言しているくらいの存在だ。加えて前作と今作の間で対戦し、またパートナーを務めたということもあって、今作ではわざわざ1章を設けてことさら饒舌に語っている。大仁田との抗争に至る過程を時系列で詳細に語るのだが、そこには大仁田というレスラーに対してのカシンのリスペクトが存分に散りばめられているのである。たとえば大仁田とのノーロープ有刺鉄線マッチの際に、カシンが入場時にいきなりニッパーで有刺鉄線を切り始めた。その感想を試合後に聞かれた大仁田は「新しいね!」とカシンを称え、そこに感心した大仁田をカシンは「すごい」と称える。カシン曰く、大仁田は「心理戦、サイコロジーでの戦いができる」面白い相手とのこと。もちろんそこの部分は猪木も持ち合わせていて、理解しているからこそ大仁田を危険視したという見解もあるくらいだ。この二人に対して特別な思いを抱く、そして彼らと同じステージで心理戦を戦えるだけの機転、技術、プロレス力を持つケンドー・カシンというレスラーの限りなく本音に近く、ある意味本性的な部分をしっかり楽しめるのがこの下りであると言えよう。

この先、リアルレスラーは登場するのか?

 同書が出版される直前に、WWEから正式にコーチとしてのオファーが届き、アジア人初のパフォーマンスセンターコーチに就任したケンドー・カシン。アマレスをバックボーンにしたその技術とプロレスという競技を知り尽くしたリアルレスラーとして、世界最大の団体から認められたことはカシンにとって名誉なことであると思うが、当の本人は当面の仕事が見つかり、食いっぱぐれがなくなったくらいのこととしか、表向きには発信しないんだろうと感じている。

 しかし、レスラーが「スーパースター」と呼ばれるWWEの世界で、カシンが鍛え上げ、育て上げるスーパースターがどんなプロレスラーになるのか、楽しみでしょうがない。かつての古巣・新日本も冬の時代を乗り越えて、全盛期に迫る勢いで活況を取り戻しているが、いまの新日本のリングに果たしてリアルレスラーはいるのだろうか? カシンが心を揺さぶられるような、カシンの愛弟子と心理戦でやりあえるようなリアルレスラーを新日本は育てることができるのか? きっと数年後の3作目でそのことについて書かれるだろうから、いまは本書をじっくり読み込み、ケンドー・カシンというレスラーの味をただただ楽しみたい。

■関口裕一(せきぐち ゆういち)
スポーツライター。スポーツ・ライフスタイル・ウェブマガジン『MELOS(メロス)』などを中心に、芸能、ゲーム、モノ関係の媒体で執筆。他に2.5次元舞台のビジュアル撮影のディレクションも担当。

■書籍情報
『50歳で初めてハローワークに行った僕がニューヨーク証券取引所に上場する企業でゲストコーチを務めるまで』
著者:ケンドー・カシン
出版社:徳間書店
価格:本体1,800円+税

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