GLAY TAKURO、30周年後の迷いから取り戻したバンドの衝動と純度 「成長という幻想にGLAYを晒したくない」
GLAYからニューアルバム『旅する理由を待ちながら』が到着した。
前作『Back To The Pops』(2024年10月)のリリース後も30周年イヤーを駆け抜けた。東京ドーム、京セラドーム大阪での公演などを中心にアニバーサリーを華々しく飾ったGLAYは、すぐさま次のアクションへと移った。2026年1月にはKアリーナ横浜にて一夜限りの特別公演『LAWSON 50th Anniversary presents GLAY Special LIVE』を開催。ここで披露された新曲たちは、3月からスタートしたホールツアー『HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2026 “GLAY-complete BEST”』でさらに磨き上げられ、そこで得たものは当然、本作『旅する理由を待ちながら』にも注ぎ込まれている。
リアルサウンドでは、TAKUROにインタビュー。このアルバムに至った経緯、30周年を超えた現在のGLAYへの思いなどを率直に語ってもらった。(森朋之)
「目の前の衝動に忠実に」取り戻したバンドの原点
——ニューアルバム『旅する理由を待ちながら』がリリースされました。今のGLAYがダイレクトに表現されていると同時に、30年を超えるキャリアの深みが感じられる作品だなと。
TAKURO:ありがとうございます。皆さん、どんな感想をお持ちになるんでしょうね? 僕自身は「またひとつ、大好きなアルバムができた」とホッとしています。
——『HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2026 "GLAY-complete BEST"』の最終公演(5月26日/東京ガーデンシアター)でTAKUROさんは「GLAYの次の一手をどうするか。悩む日々が続いていました」とおっしゃっていて。その過程のなかでアルバムの制作を行っていたということでしょうか?
TAKURO:そうですね。30周年のイベントは今まで頑張ってきたことへのご褒美というか、自分たちが歩いてきた道を肯定していただいた感覚があって。この先のGLAYに関してもいろいろな選択肢があったんだけど、どのカードを切るべきか迷ってしまったんです。先が見えなくて不安だということではなく、自分としては珍しく、なかなか決断できなくて。頭の中がグチャグチャになってしまい、それを少しずつ紐解いていく時間が必要だったんですよね。
幸いなことに、30周年のイベントの後はちょっと時間があったんです。TERUはアート方面で活動したり、HISASHIとJIROもそれぞれのことをやっていて。僕自身もGLAYと離れていたんですよね。これまでは24時間GLAYのことばかり考えていたんですが、2〜3カ月くらい、GLAYのことをまったく考えない日々が続いて。その間に何をしたかというと、なんてことはない、スケッチのような曲作りだったんです。何のための曲かとか、次のGLAYのことなんてまったく意識せず、曲を作る。それが自分にとって一番の癒しでした。
それと同時に、2026年1月のKアリーナ公演(『LAWSON 50th Anniversary presents GLAY Special LIVE』)も決まっていて。その内容を考えたときに、往年のヒット曲をケレン味たっぷりに演奏するGLAYというのが本当にイヤだったんです。ベテラン面(づら)、大御所面するのも絶対にイヤだったし、「Kアリーナはとにかく新曲をやりたい」と言ったんです。その時点では全然アテがなかったんですけど、スケッチのように曲を書いていた時期と「新曲をやりたい」という気持ちが図らずもクロスした。「俺、持ってるな」と思いましたね(笑)。
——新曲をライブで披露することほど刺激的なこともないですからね。
TAKURO:もちろん刺激にもなるし、ロックバンドにとって当たり前のことだとも思うんですよ。レコード会社との契約がない頃は、自分たちでスタジオを借りて、作ってきた曲をメンバーに聴かせて、みんなでアレンジして。その曲をライブハウスで演奏して、ファンを増やそうと一生懸命頑張る。アマチュアの頃はそれがルーティーンだったし、バンドを成長させる方法だったんです。
いつしか活動の環境が整って、まずは新曲を制作して、リリースした後、お披露目という形でツアーに出るというサイクルになったわけですけど、今回はそうじゃなかったんですよね。しっかり出来上がってなくてもいい、ギターソロが固まってなくても、歌詞が後で変わってもいいから、とにかく新曲をやろうと。「そのこと自体を楽しめるバンドでありたい」という気持ちもありました。もちろんプロと名乗る以上、完成されたもの、考え得る限り磨かれたものをステージで披露するべきだというのもわかるけど、曲が完成するまでの過程を見せるのはバンドの旨味でもあると思うし、それを切り捨てるのはちょっと違うのかなと。
たとえばThe Beatlesのアンソロジーシリーズを追っていけば、「Strawberry Fields Forever」の制作過程がわかるじゃないですか。もともとは完成されたバージョンしか聴いてなくて、あの音源には当時の最高の録音技術が駆使されていたわけですけど、元をたどればジョン・レノンがひとりでアコギで歌ってたんですよ。もしジョンが歌ってる場面にいたら、絶対この曲を好きになっていただろうと思うし、もちろん完成した楽曲も素晴らしい。ただ、そのプロセスを見せることは、商業音楽の中ではなかなかできないことも事実。30周年のご褒美として、最後にワガママを言わせてもらえるなら、それをやりたかったんです。
——GLAYのファンは未完成の新曲も楽しんでくれるはずだという信頼もあった?
TAKURO:どうなんでしょう? それよりも自分としては、目の前の衝動に忠実だったとしか言いようがないですね。スケッチのように書いた曲の中には、自分たちが高校生の頃に好きだったスラッシュメタルバンドみたいなリフを使った曲もあって。ギターソロもかなり長かったりするんだけど、「別に関係ないよね」って(笑)。
ツインギターのソロもそうですけど、「バッキングのコードはいらないでしょ」みたいなやりとりって、長くやってるメンバー同士じゃないと味わえない醍醐味なんですよ。音楽的手法として間違っていても、「こっちにいってみようよ」という。“知らない街で知らない店に入ってみる”みたいな発見がたくさんあったんですよね、今回のアルバムは。本当に楽しいセッションでした。
——ロックバンドとしての衝動を取り戻せたと言いますか。
TAKURO:その中で自ずと「どのカードを切ればいいか」という迷いがなくなってたんですよね。HISASHIが作ってくれた「汚れた英雄」だったり、JIROが送ってくれた「旅する理由を待ちながら」もそうですけど、「ひとりで悩んでいてもしょうがない。メンバーがすでに答えをくれている」というか。あとは自分がスケッチのように作った曲に色付けをすればいいと思えたんですよね。それが「CANVAS」や「RADIO STAR」なんですよ。