ザ・ウィークエンド、“世界最高峰”を届けた来日公演のすべて 全37曲、その歌声が証明するポップミュージックの最前線
一転してアカペラで始まった「Die for You」。再び赤装束の集団が列を成し、ステージから姿を現す。曲は「Is There Someone Else?」「Wicked Games」「Call Out My Name」と連なり、深淵を意味する「The Abyss」へと行き着く。オーディエンスもまた、その闇へと引き込まれる。
とりわけ感慨深かったのが「Wicked Games」だ。2011年のデビューミックステープ『House of Balloons』に収められたこの曲が世に出た当時、ザ・ウィークエンドはまだ素性も明かされない謎めいた存在だった。R&Bを極端に遅く、暗く、酩酊的なものへと解体したその退廃美は、まったく新しい衝撃として受け止められた。いまや時代を代表するスターとなった彼が、途方もないスケールのステージでこの曲を歌う。孤独の核心に触れるような歌世界は、近年の作品と並べてもまるで色褪せていなかった。そこから続く「Call Out My Name」と「The Abyss」の絶唱には、ただただ陶酔するほかない。ステージ中央の階段を上り、ひとり歌う姿は、ショウが佳境に差し掛かったことを告げていた。
スクリーンがまばゆい白光に満たされると、「Save Your Tears」が始まる。張り詰めていた空気が、ふっとほどけていく。「Less Than Zero」までの2曲で、80年代のシンセポップを受け継ぐ弾むようなサウンドが場内に広がり、視界がひと息に開けていった。ただ、どちらの曲も明るい旋律の下に後悔や虚無を忍ばせている。その二重性こそ、ザ・ウィークエンドのポップの真骨頂だろう。
そして「Blinding Lights」。待ちわびていたとばかりに大合唱が巻き起こり、ドームが揺れた。「Billboard Hot 100」史上最大のヒット曲と認定されたこの曲もまた、疾走するシンセの奥に追いすがるような焦燥を抱えている。2020年、外出すらままならなかった世界で、閉ざされた日々に寄り添った一曲でもある。ツアーそのものが、コロナ禍によって幾度も延期されている。あのリフレインを3万人が同じ場所で声にする光景は、失われた時間がようやく取り戻されていくようで、胸がいっぱいになった。
「Blinding Lights」のあとに置かれたのは、意外にも『Kiss Land』収録の「Adaptation」だった。2014年を最後にセットリストから姿を消し、9月のリスボン公演で12年ぶりに復活したばかりの曲だ。本人曰く「恐ろしい場所」だった『Kiss Land』は、日本のイメージを強く反映していた。それから13年。世界各地のスタジアムを埋め尽くすまでに成長した彼は、日本への愛着を全身であらわにした。その日本で、しかもクライマックスを飾った特大のヒット曲の直後に、“適応”を意味する「Adaptation」を歌う。かつて見知らぬ土地として映っていた国に、彼はすっかり“適応”してみせた。そんな意味を見出したくなる選曲だった。
もっとも、そこには日本公演の数日前に公開された『GQ Singapore』のインタビューで本人が触れた『Kiss Land』のリマスター作業も関係しているのだろう(※1)。同誌で彼は『Kiss Land』を構想どおりに形にできなかった唯一の作品と位置づけ、最近あのアルバムに夢中になっていると語っている。前日に歌われた「Belong to the World」も含め、ここにきて『Kiss Land』の楽曲が相次いでセットリストに戻ってきたのは、その思い入れの表れに違いない。8月にはザ・ウィークエンド名義の引退を撤回した彼が、以前に「最も正直で、最も裸で、最も無防備だった」と振り返ったアルバムにいまあらためて向き合っている。その事実は、ザ・ウィークエンドのこれからを占う重要な鍵になりそうだ。
「Adaptation」の終盤、スクリーンに映し出された巨大な扉がゆっくりと開く。赤装束の集団が次々と吸い込まれていく。扉が閉じ始めるなか、ザ・ウィークエンドはその前で贖罪するかのようにひざまずいた。曲の終わりとともにステージは暗転する。閉ざされた扉は、ひとつの物語の幕切れにも、次の章の始まりにも見えた。
ほどなくして再び現れたザ・ウィークエンドは、マイクを指で叩いてアンコールの手拍子を促し、おもむろに升酒を掲げて「乾杯!」と呼びかけた。何度も日本への感謝を口にしたあと、彼が歌い始めたのは「House of Balloons」だった。客席に無数の風船が放たれ、ドームはその名のとおりの館と化す。そのまま続いたのは、Swedish House Mafiaとの「Moth to a Flame」。炎と花火が全開で炸裂するなか、“火に引き寄せられる蛾”という曲名のイメージが目の前の熱狂と重なり合う。フィナーレの喧騒のなかで脳裏によみがえったのは、MCで客席に向けられた言葉だ。「日本に戻ってくるのに7年もかかってしまった。今度はすぐに日本に来るよ」。約束が果たされる日を待つ思いが、一層募っていく。
天に向かってまっすぐに放つ渾身の歌唱でショウを締めくくったザ・ウィークエンドの表情は、感極まっているようにも見えた。オーディエンスに敬意を込めてひれ伏すポーズを繰り返し、指でハートを作って愛を送る。前夜に続く2時間超のステージで37曲を歌い切ってなお、声にはまったく衰えがない。それどころか、曲を重ねるごとに歌の芯が太さを増していく印象さえあった。ポップミュージックの最前線に立つアーティストの凄みを、いまこれほど肌で感じられる夜はそうないだろう。
3部作を軸にしたショウは、ときに不穏なムードを漂わせ、緊張感をはらんで進んでいった。それでも最後に場内を満たしていたのは、翳りを宿しながらもドームの隅々まで届く歌と、日本に向けた尽きることのない愛がもたらす、夜明けの光が差し込むような余韻だった。『Kiss Land』の世界と深く結びついた日本は、この日、かつての自分と向き合い直そうとする彼にとって格好の舞台になった。ベルーナドームでのステージは『After Hours til Dawn Tour』の日本公演であるばかりでなく、一度は引退を口にしたザ・ウィークエンドが、その先へ進む意志を示したライブでもあったのだ。
※1:https://www.gqsingapore.com/the-weeknd-is-set-to-usher-in-a-new-chapter/