ザ・ウィークエンド、“世界最高峰”を届けた来日公演のすべて 全37曲、その歌声が証明するポップミュージックの最前線
ザ・ウィークエンドにとって初のスタジアムツアーとなる『After Hours til Dawn Tour』は2022年7月、北米から始まった。当初は2020年のアルバム『After Hours』に伴うアリーナツアーとして予定されていたが、コロナ禍による度重なる延期を経て、規模を拡大して仕切り直されている。そのあいだに『Dawn FM』(2022年)が、のちに『Hurry Up Tomorrow』(2025年)が発表され、ステージは3作を貫く物語を上演する場へと姿を変えていった。深夜の享楽と孤独を描いた『After Hours』、生と死のあわいで流れるラジオ番組を模した『Dawn FM』、そして夜明けと再生を主題とする『Hurry Up Tomorrow』。ツアーは男性ソロアーティスト史上最高の収益を記録し、芸術性と興行の両面で彼のキャリアの総決算の様相を呈している。
その最終レッグとなるアジアツアーの幕開けを飾ったのが、埼玉・ベルーナドームでの日本公演だ。2018年12月の幕張メッセ以来となる来日で、9月20日公演の即日完売を受けて前日の19日に追加公演が組まれた。2日目となる20日は、スペシャルゲストの¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$UとCreepy Nutsのパフォーマンスを経て、18時50分に本編が始まった。
メインステージには荒廃した街並みのセットが広がり、花道がアリーナを十字に貫いて奥まで走る。その結び目に立つのは、空山基が制作した高さ12メートルの黄金の女性ロボット像。空山の代名詞である“セクシーロボット”の系譜に連なる巨像が、客席のほぼ真ん中から場内を見下ろしている。開演と同時に炎が噴き上がり、レーザーが縦横に飛び交うなか、赤装束の集団が隊列を組んでゆっくりとステージに現れた。大歓声に迎えられ、ロボット像の目から放たれる緑のレーザーに照らされながら、ザ・ウィークエンドが花道の中央付近からせり上がってくる。顔を覆うのは中村哲也が手がけたフェイスマスク。その目元もまた、緑色に発光していた。
ショウの口火をきったのは、最新作『Hurry Up Tomorrow』の「Baptized in Fear」「Open Hearts」の2曲だ。高揚のさなか、ふとステージ上にカメラマンの姿が見当たらないことに気づく。背後の巨大LEDスクリーンに映る映像の多くは、頭上を飛び交うドローンによって撮影されていたのだ。人の目線では決して得られない角度からの画が、眼前のスペクタクルを何倍にも膨らませていく。
続く「Wake Me Up」「After Hours」「Starboy (feat. Daft Punk)」は、いずれも短縮版や曲の後半のみを歌うアレンジでシームレスにつながれ、躍動的なビートが客席を少しずつ熱狂の渦へ巻き込む。ここで早くもザ・ウィークエンドが見せつけたのが、シンガーとしての揺るぎない地力だ。どこまでも伸びていく高音と、ドームを圧する声量がショウを牽引する。
「Heartless」では、原曲の荘厳なサウンドがよりダイナミックな音像へと組み替えられる。バンドの生音が加える厚みは、この曲に限らず随所で効いていた。ギターは流麗なソロを長く紡いで抒情性を際立たせる一方、ときに轟音をかき鳴らして退廃的なムードを掻き立てる。前面に出たドラムも、凄まじい迫力で楽曲を押し上げていた。熱を増す演奏とは対照的に、赤装束の集団はステージと花道を整然と移動し続ける。彼らが何者で、何を担っているのか、説明は一切ない。正体の見えなさこそが、このショウをひとつの儀式として描き出していく。
前日には披露されなかった「Faith」を歌い終えると、ザ・ウィークエンドはマスクを外し、満面の笑みを見せた。作品を通して築いてきたデカダンなパブリックイメージや、ステージのディストピア的な世界観とはまるで異なる屈託のない表情に意表を突かれたが、それはすぐに「あの彼がこんな顔を見せてくれるのか」という喜びに変わった。思えばここまでの序盤だけでも、彼は歌詞のところどころに「日本」「埼玉」「東京」といった言葉を織り込み、そのたびに歓声を浴びていた。惜しみないサービス精神が、ドームの広さを忘れさせるほど、演者と客席の心理的な距離を縮めている。日本のステージを心から楽しんでいること、この地への深い愛情が、飾らずに伝わってきた。
「Cry for Me」を挟んで「São Paulo」へ。メインステージから花道の突端まで、火柱が間断なくほとばしる。その量は尋常ではなく、会場全体が燃え上がっているかに見える。なかでもアリーナ後方に設けられたタワーから噴き出す炎は、ドームの天井を焦がさんばかりの勢いだ。このスケールのステージを日本で目の当たりにできる興奮を噛みしめていると、扇動的なハウスビートにTERIYAKI BOYZの「Tokyo Drift (Fast & Furious)」を思わせるフレーズが差し込まれ、場内はさらに沸き立った。
「Take My Breath」「Sacrifice」「How Do I Make You Love Me?」と、『Dawn FM』のディスコナンバーが畳みかけるように繰り出される。客席は一気にダンスフロアと化した。その流れを総括するように鳴らされたのが「Can't Feel My Face」だ。軽快なファンクのグルーヴ、しなやかに跳ねるファルセット。マイケル・ジャクソンから受け継いだものが彼の音楽の根幹にあることを、あらためて確認させられるセクションだった。
ここからショウは深い陰影を帯びていく。客席を練り歩きながら歌ったゲサフェルスタインとの「Lost in the Fire」から、2013年のデビューアルバム表題曲「Kiss Land」へ。セクシーロボットの足元に身を寄せ、彼女に乞うように歌う姿が印象的だ。以降は「Often」「Given Up on Me」「I Was Never There」「The Hills」「Timeless (feat. Playboi Carti)」と歌い継いでいく。初期のオルタナティブR&Bから近作まで、耽美と官能を描き続けてきた彼の本領が、一続きのセットに凝縮されていた。圧巻は「The Hills」。スクリーンには都市が崩れ落ちていく映像が流れ、猛烈な火力と赤い照明がステージを染め上げる。まさに煉獄の只中だ。「Timeless (feat. Playboi Carti)」が、その光景にさらなる混沌をもたらした。
「Creepin'」と「One of the Girls」をダイジェスト的につないだあと、エクスクルーシブで披露されたのが、高橋洋子が歌うアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系)の主題歌「残酷な天使のテーゼ」の要素を取り入れた新曲「Tokyo」だ(前日は高橋本人が登場して原曲を歌った)。スクリーンには『新世紀エヴァンゲリオン』とゲーム『NieR:Automata』の世界を交錯させたヨコオタロウの映像が映し出され、やがて「今ここで歌が聴こえることは 私たちの何を癒すのだろうか この音が存在する限り 君達を失わないだろう」というメッセージが浮かび上がった。廃墟の都市で歌い続けるこのショウそのものに向けた、ひとつの注釈のようにも読める。
「Tokyo」に限らず、今回の来日は日本の表現者たちとの縁に彩られていた。まず、ザ・ウィークエンドは天野喜孝がアートワークを手がけた日本独自企画盤『AFTER HOURS TIL DAWN COLLECTION』全4作品をリリースした。彼は10代の頃から天野の仕事に影響を受け、特に『天使のたまご』には音楽の聴き方まで変えられたと述べている。加えて、コレクションの『Dawn FM』には「Out of Time」の新バージョンまで用意された。迎えたのは、同曲がサンプリングした「Midnight Pretenders」を歌う亜蘭知子その人である。高橋洋子の登場も含め、彼は自らの感性を形づくった作り手や、自作に取り込んだ楽曲の歌い手本人を、創作の内側へ招き入れている。「Tokyo」は、そうした結びつきが生んだ新たな果実だろう。この恍惚感に満ちた一曲の、正式なリリースが待ち遠しい。
「Tokyo」から「Out of Time」へ。日本の楽曲をもとにした2曲が並ぶ展開に、オーディエンスの感情はいやが上にも高ぶる。ザ・ウィークエンドはアリーナへ降り立って観客と言葉を交わし、サビではマイクを差し出して歌わせる。その嬉々とした様子に、こちらも思わず頬が緩む。続くDaft Punkとの「I Feel It Coming」では、きらめくシンセと抑制の効いたビートの上で、恋の訪れを予感させる甘やかな歌声がゆったりと漂う。ステージと客席のあいだに生まれた親密さに、曲の穏やかな華やぎが相まって、会場は幸福感に包まれていった。