米津玄師『STRAY SHEEP』はなぜ名盤となったのか 時代を映した“迷える羊”と確立された作家性

混乱の時代に生まれた、“傷”と変化を肯定する音楽

 もちろん、そうした環境だけでなく、作品自体のクオリティの高さが突出している点も、今作のヒットを語る上では欠かせない要素である。収録曲を改めて眺めてみると、やはり目を引くのは先述の「Lemon」「馬と鹿」「感電」をはじめとしたタイアップの豪華さだ。同時に、本アルバムで初解禁となった楽曲群についても、今思えば総じてメッセージ性が強く強度の高い楽曲が揃っている印象を受ける。

米津玄師 - 感電 Kenshi Yonezu - KANDEN

 オープニングトラックに据えられた「カムパネルラ」は、曲題からもわかる通り宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の登場人物から着想を得た1曲。今作のみならず、さまざまな近代文学からのモチーフを作品に織り込む制作はいわば米津の十八番とも呼べる手法である。

米津玄師 - カムパネルラ Kenshi Yonezu - Campanella

 また、歴代の各アルバムでもお馴染みのフィーチャリングゲスト曲には、長年米津自身が敬愛しており、今や盟友とも呼べる関係性を築いたRADWIMPS・野田洋次郎を招いた「PLACEBO」を収録。「ひまわり」は、2022年のツアーで「もういない親友のために」と語ったうえで披露されており、喪失というテーマと深く結びついた楽曲としても受け止められている。そして、アルバムを締め括る「カナリヤ」は映画監督・是枝裕和がMVを担当。楽曲に込められた「変化を肯定する」というテーマは、まさしくアルバムが持つメッセージ性の核にも通ずる内容と言える。

米津玄師 - カナリヤ Kenshi Yonezu - Canary

 『STRAY SHEEP』を貫くモチーフのひとつが、ジャケットデザインにも落とし込まれた宝石が象徴する「傷も煌めきのひとつになる」というイメージだ。過去の傷や喪失、望まなかった変化も、すべて含めて今の自分を構成するものであり、時として自身を輝かせるファクターにもなる。そのメッセージは『STRAY SHEEP』のみならず、彼の従来の作品にもどこか一貫して根底に横たわる価値観のようにも感じられる。そう考えると、今作はいわばアーティスト・米津玄師の作家性を言語化し確立したアルバムであり、だからこそ長く大勢に聴かれ続ける普遍性を持つ1枚となった側面もあるのだろう。

 2020年当時、人々はいつになればこの状況が終わるのか、あるいはこの状況が終わる時が果たしてくるのだろうか、そんな先の見えない不安の中にいた。数年後には確かに一度終息を迎えた。明けない夜はない。だが夜明けの後も、陽が沈めばまた夜がやってくる。不安定な世界情勢の中で先行きの見えない日々を送っている点では、今の状況も当時とさして変わりないのかもしれない。だからこそこの『STRAY SHEEP』というアルバムは、今なお多くの聴衆に愛され続けているのではないだろうか。

 発売から6年。今打ち立てた新たな記録は、本作が一時の社会現象だけでは終わらなかったことを示している。『STRAY SHEEP』はこれからも、米津玄師の活躍とともに、長く聴き継がれる名盤として普遍的な作品となっていくに違いない。

※1:https://www.oricon.co.jp/news/2480720/full/

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