歌声分析 Vol.23:矢沢永吉 声に宿るロックンロール、独特なグルーヴから紐解く“言葉を転がす”歌唱の正体

ファンと育てた熱狂、歌声が生む巨大なグルーヴ

 「チャイナタウン」(1978年)では、また異なる表情を見せる。哀愁を帯びたメロディを、矢沢は必要以上にドラマティックにはせず、むしろ言葉をひとつずつ語るように置きながら、フレーズの中で強弱や間を作っていく。ここでも語尾の切り上げが早く、だからこそ、聴き手がその声の向こうにある情景を思い描く余白が生まれる。現在もライブで歌われる機会の多い「チャイナタウン」は、長い年月をかけてファンとの間で育まれ、特別な曲になった。ちなみに、ライブ会場にはチャイナドレスを身にまとったファンの姿も見られる。楽曲の世界観が音源の中だけにとどまらず、ファンの装いにまで広がっていったのだ。矢沢のライブには、チャイナドレスをはじめ、矢沢のトレードマークのひとつである白のスーツを着ている観客も多い。矢沢の歌が聴き手の人生と結びつき、ひとつのカルチャーになっていることを感じさせる光景でもある。

チャイナタウン (Remastered 2022)

 そのファン文化が、ライブのハイライトとして可視化されるのが「止まらないHa~Ha」(1986年)だ。イントロが鳴れば会場の熱量が変わり、〈Ha~Ha〉と繰り返されるサビで無数のタオルが一斉に宙を舞う。矢沢のライブを象徴する光景である。2025年の『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に出演した際にはサプライズでこの曲が披露され、会場の観客と視聴者を大いに沸かせた。この曲での歌唱は、「YES MY LOVE」や「チャイナタウン」とは対照的に、アクセントを強調し、発音を崩し、叫ぶように声を放つ瞬間も。しかし、ただ力任せには歌わず、言葉をビートの前後へ揺らしながら、ライブではバンドと観客を巻き込んで大きなグルーヴを作っていく。その歌声が観客の身体を動かし、会場全体をひとつの巨大なグルーヴへと変えていくのだ。

止まらないHa~Ha (Remastered 2022)

 そして最新曲「BORDER」(2026年)である。“渾身のロック”である本曲に、矢沢はその歌声で包容力と力強さを加えている。最初の〈せつない気持ち 溢れそうで〉から〈ここまできたよ お前と〉までは、音数の少ないバックトラックで語り掛けるような歌い方がメインになるが、最後の〈と〉を少し張り上げて次のブロックへ。さらに〈愛しあうのは 罪じゃ ないさ Yeah! Yeah! Yeah!〉の最後の〈Yeah!〉では、発音を少し濁し、続くやや歪んだ音色のギターソロにつなげている。矢沢はこの曲で、言葉を転がしながら次の音へつなぐことを繰り返しているのだが、それを聴き手に意識させないのは、言葉がリズムと一体化しているからだと考える。後半に向かってグルーヴとスケール感が広がっていくサウンドの展開は、矢沢の歌唱アプローチによるところも大きい。長年培ってきた歌唱の引き出しを自在に使いこなしているわけだ。

矢沢永吉-「BORDER」Music Video

 サウンドやジャンル、そして時代が変わっても、矢沢は“矢沢の歌”を貫いてきた。ある時は言葉をビートの上で弾ませ、ある時はメロディの上に漂わせ、ある時は観客へ投げかける。その根底にあるのは、歌うことと話すことの境界を軽々と越えていくような、独特の言葉の転がし方だ。

 2026年も新曲を発表し、77歳となった現在もステージに立ち、そして自らの記録を更新し続けている。矢沢永吉は、今も、転がっている。まさに“LIKE A ROLLING STONE”の体現者だ。

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