歌声分析 Vol.23:矢沢永吉 声に宿るロックンロール、独特なグルーヴから紐解く“言葉を転がす”歌唱の正体

歌声分析

 アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。

 第23回目は、矢沢永吉を取り上げたい。

ジャンルを引き寄せる、矢沢流・言葉の転がし方

 矢沢永吉にはレジェンド級の記録が数多くある。その代表的なものが、日本武道館における最多公演記録だ。2025年12月には、通算160回を達成。今年のツアーではさらに6公演が予定されており、なおその記録を自ら更新し続けている。さらに2025年には、日本人アーティストとして東京ドーム単独公演の最年長記録を更新し、2日間で約11万人を動員。2026年のツアーも全公演がソールドアウトし、2027年には新たな全国ツアーも控えている。

 9月14日に77歳の誕生日を迎えた今も、矢沢は“記録を更新する側”に立ち続けているのだ。半世紀以上にわたり第一線を走り続けてきた理由は、もちろんひとつではないが、その理由のひとつに歌声があることは間違いないだろう。矢沢の歌声には、一聴してそれとわかる強烈な個性がある。ロックンロールを軸にしながら、ジャズ、スウィング、AOR、トラディショナルなバラードに至るまで、すべてを“矢沢永吉の歌”にしてしまうのである。

 その理由のひとつが、言葉の扱い方にあるのではないかと考える。

 矢沢の歌を聴いていると、歌っているというより、まるで話しているように感じる瞬間がある。シャウトしていても、言葉を語りかけるように叫んでいる印象を受けるのだ。これは、音符に沿って言葉を均等に置くのではなく、ある音は伸ばし、ある音は短く切り、時には発音そのものを崩しながら、言葉をリズムの中で自在に転がしていくからだろう。それはインタビューやステージ上のMCで見せる、独特の間を取りながら次々と言葉を繰り出していく話し方とも、どこか重なってくる。

 そんな矢沢の歌唱の根底にあるのが、ロックンロールである。数ある彼の曲の中から、ライブのキラーチューンや最新曲をピックアップし、矢沢の歴史と、その歌声の魅力に迫っていきたい。

 まず「ROCKIN' MY HEART」(1982年)を取り上げたい。厚みのあるコーラスで始まる1曲だが、印象的なのは、矢沢の歌声とコーラスとの距離感だ。矢沢ひとりの声を前面に押し出すのではなく、厚みのあるコーラスと呼応しながら楽曲全体を前へと進めていく。そこには、ロックンロールの源流にあるR&Bやゴスペルなどへとつながるルーツが見えてくる。軽快なビートとスケール感あるハーモニーの中で、矢沢は言葉を一語ずつ明瞭に聴かせようとはせず、転がすようにメロディを運んでいく。単語をつなぎ、発音を揺らしながら、言葉をビート化していると言ってもいいかもしれない。歌声そのものが、リズムを生み出す楽器のひとつとして機能しているのだ。単に形だけをなぞり、それらしい巻き舌でロックンロールを歌っているわけではないことが、この曲で明確にわかるだろう。言葉の転がし方、リズムへの乗り方、コーラスとの連動まで含めて、歌唱そのものにロックンロールが深く染み込んでいるのだ。

ROCKIN' MY HEART (Remastered 2022)

 加えて、矢沢の凄さは、その歌唱がロックンロールの中だけにとどまらないところにある。「YES MY LOVE」(1982年)は、そのことを象徴する1曲と言えるだろう。同曲は1982年に「コカ・コーラ」のCMイメージソングとして広くお茶の間に流れた。当時、音楽番組やテレビなどへの出演が少なかった矢沢本人がCMに登場したことでも話題をさらった。しかも、そこで流れたのはストレートなロックンロールではなく、AOR色の強い楽曲だった。これまでになかった曲調、そして先述したCM出演については従来のファンから賛否の声も上がったが、一方で、それまで矢沢の音楽に触れてこなかった層へ歌声を届ける大きなきっかけにもなったと言えるだろう。

YES MY LOVE (Remastered 2022)

 ここで興味深いのは、矢沢が変わったというよりも、一般層が抱いていた“矢沢永吉”のイメージが広がったことだろう。〈いいさ ほんの 思い違い〉というフレーズで始まるこの曲を、矢沢は歌入りからなめらかに紡いでいく。言葉の出だしが柔らかいぶん、語尾を早めに切り上げて、リズム感を宿しているのが印象的だ。ロックンロールナンバーのように言葉をビートへ強く打ち込まず、声を張り上げることもなく、中低音域を中心に据えて、メロディの上へ言葉を置いていく。語尾には余韻を残しながらも、情感を過剰に滲ませることはない。この距離感が、サウンドの中に大人の色気を生み出している。矢沢は曲調が違っても、自分の間、自分のリズムで歌唱している。矢沢がジャンルに寄っていくのではなく、ジャンルのほうが矢沢へ寄ってくるような感覚さえ覚える。

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