マイケル・ジャクソンだから塗り替えられた常識 音楽とパフォーマンスで訴え続ける“自由”の意味――池城美菜子が解説

 本日8月29日はマイケル・ジャクソンの誕生日。存命であれば68歳を迎えていた日である。これを記念して「Beat It」のショートフィルム(MV)上映が期間限定で開始された。さらに映画『Michael/マイケル』は日本でも興行収入80億円を突破し、ロングヒットを記録し続けている。

 後続のアーティストに絶大な影響を与えた、マイケルのMVやパフォーマンス。果たして彼は、音楽を通して何を“変えた”と言えるのだろうか。映画『Michael/マイケル』の内容も踏まえながら、自らが新たな規範であるかのごとく、世界の常識を塗り替えていったマイケルの今に続く功績について、音楽ライター・翻訳家の池城美菜子氏が綴る。(編集部)

特集:マイケル・ジャクソン

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マイケルのMVがいかに衝撃だったのか

〈Fairy tales, fairy tales/I don’t enjoy/Fairy tales and wishful dreams/Are broken toys(フェアリーテールズ、お伽噺はもう面白くないんだ。お伽噺や都合のいい夢なんて壊れたおもちゃだから)〉

 The Jackson 5「Big Boy」の歌詞だ。映画『Michael/マイケル』のオープニングに、マイケル・ジャクソンの子供時代を演じたジュリアーノ・ヴァルディがこの曲を歌うシーンを持ってきたところに、アントワーン・フークア監督の意図が込められていた。ミュージシャンのバイオピックが出揃うなか、大本命と目されても遅々として進まなかったキング・オブ・ポップの新しい像を描くのはかなりハードルが高かったはずだ。The Jackson 5時代から父とビジネスで訣別する1988年、つまりマイケルが30代に差しかかった年までと区切り、エピソードも絞っている。焦点を当てるのは、マイケル・ジャクソン本人、スターダムとその裏で払った犠牲、家族愛、そしてミュージックビデオ(MV)の影響力。

 稀代のスーパースターの名前は知っているけど……という世代には、入門編として最適な作品だろう。一方、『Thriller』(1982年)と『Bad』(1987年)の80年代絶頂期をリアルタイムで経験すると、鑑賞1回目は主演のジャファー・ジャクソンの熱演に感心しつつ、脳に焼きついているマイケルの残像と比べてしまって、なかなか入り込めないケースもあったかもしれない。私はとくに、MVのシーンで妙な気分になってしまった。それほど、マイケル・ジャクソンというアーティストはMVとセットなのだ。その問題は、2回目でセリフに耳を傾け、細部に注視しているうちに解決した。マイケルの歌声と姿が流れてくるたびにテレビに吸い込まれるように観ていた、幸せな時代を思い出せたのだ。

Michael Jackson - Thriller (Official 4K Video)

 ただし、初めて「Thriller」のMVを観たときは話が違った。すでに大スターだったマイケル・ジャクソンによる話題のMVの本邦初公開は、当時の日本でも鳴り物入りだった。眠い目をこすって小林克也氏の『ベストヒットUSA』(テレビ朝日ほか)を観ていたら、ホラーのショートムービー仕立てのMVが流れてきた。衝撃だった。昭和の少女漫画から抜け出したような頭身のマイケルがくり出すダンスよりも、恐怖による衝撃だ。しばらく、夜中にひとりでトイレにいけなかったほど。

“黒人像”からパフォーマンスの概念まで、刷新し続けた無二の功績

 劇中、クインシー・ジョーンズにソロアルバムのコンセプトを尋ねられ、「エスケイピズム」とマイケルが答えるシーンがある。この言葉の意味である“現実逃避”をネガティブに取ると、「ステージの上だけが自由になれる」と語っていたマイケルの人生そのものが悲劇に思えてしまうが、その限りではない。マイケルの音楽を聴いている間だけ、MVの世界観に飲み込まれている間だけ、私たちも逃避できるのであれば、それ以外の日常の推進力となる。今より視覚的な情報がずっと少なかった80〜90年代の若者にとって、MVは総合メディアだった。MVを延々と流すケーブルテレビ局のMTVやVH1、ブラックミュージック好きならBET(Black Entertainment Television)の映像を求め、夢中になったのは一緒に現実逃避をしながら、ダンスやファッション、振る舞いまで教えてくれたからだ。マイケルは華麗だったり、善良だったり、ちょっぴり怖かったりする世界観をMVで構築し続けた。それは、肌色の濃い人を、当たり前のように粗野で乱暴なイメージと結びつけていた20世紀の終わりにおいて、革命的な出来事だったのだ。絶頂期のキング・オブ・ポップは、プリンスやホイットニー・ヒューストンといった80年代のMTVアイコンとともに、一般的な黒人像を刷新した。黒人の人にとってはセルフイメージに関わる重大事件であり、その分、彼らのマイケルへの思い入れは強い。

Michael Jackson - Smooth Criminal (Official Video)
Michael Jackson - Bad (Shortened Version)

 1983年のモータウン25周年番組『Motown 25: Yesterday, Today, Forever』におけるムーンウォークの初披露、『MTV Video Music Awards』やグラミー賞でのパフォーマンス。1993年、NFLの『第27回スーパーボウル』では、ハーフタイムショーの概念そのものを変えた。いちいちびっくりしたし、後続のアーティストたちのプロトタイプになっていく様は痛快だった。妹のジャネット・ジャクソンも含め、ソウルフルなまま歌とダンスの精度をどこまで高めるかは、全世界のアーティストのひとつの目標だろう。

 マイケルは研究熱心でもあった。幼少期からボードヴィルショーのダンサーや、トーキー映画のチャーリー・チャップリン、先輩のソウルシンガーたちの“芸”を観て、兄弟バンドとしてラスベガスのステージに立った。その点で、彼は常に画期的でありながら伝統を感じさせる存在でもあった。クーリオの「Gangsta's Paradise」をはじめ、MVの監督としてキャリアを始めたアントワーン・フークア監督は、そこまで理解して撮影に挑み、マイケルの内面の葛藤をステージパフォーマンスに昇華させる過程を描くことに成功した。過酷なショービジネスの世界で育った頃だからこそ、いつまでも大人にならないピーター・パンに自分を重ね、“子供のままでいること”を強く願ったのである。「Big Boy」の歌詞とは裏腹に、マイケルはお伽噺の世界を自分で作ろうとして、たくさんの誤解を招いてしまったとも言える。世界的大ヒットを受け、映画の続編の話が盛り上がっているが、その際は、今回はプロデューサー陣から外れたジャネットとなんとか折り合いをつけて、一番仲がよく、よきライバルであった彼女の視点も反映された内容になることを願う。

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