原 由子、春の鎌倉に広がる歌の旅路 幻想的な演出と豪華な布陣でソロ45周年の歴史を刻んだ夜

 “花冷え”という言葉が似合う、少し肌寒く桜吹雪が舞う鎌倉の夜。『原 由子 45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語2026」』の最終公演が幕を開けた。

 ヴィヴァルディの「春」などこの季節にぴったりの穏やかなクラシックの名曲が流れる中、客電が消えると会場の鎌倉芸術館大ホールが一気に熱気に包まれる。8人のバンドメンバーが登場し、最後に春らしい装いを身にまとった主役の登場で歓声や拍手がさらに大きくなる。中央の雛壇に据えられたキーボードに座り、印象的なシンセサイザーのイントロと観客の手拍子に乗って歌い始めた1曲目は、代表曲のひとつ「あじさいのうた」だ。ステージの背景にはカラフルな和傘で作られたセットが設けられており、鎌倉の雨のイメージを喚起させる。割れんばかりの拍手で歌い終えたかと思うと、畳みかけるように「春待ちロマン」と軽快なナンバーを続ける。歌詞のイメージ通り、海辺の町の風景がスクリーンに映し出され、あの独特の歌声によって一気に彼女の世界に引き込まれる。

 曲が終わると笑顔で観客に向かい、感謝の意を伝える。「サザンオールスターズでさえ長く続けられると思っていなかったのに、ソロでも45年も続いたのはファンのみなさんのおかげだ」と頭を下げた。「それでは最後の曲です」とお約束のボケを披露した後、「年齢のことは忘れて恋の歌をうたいます」と言って始まったのは、サザンオールスターズの「恋の歌を唄いましょう」。彼女の歌声はもちろんだが、絶妙なグルーヴを醸し出すバンド・アンサンブルが素晴らしい。斎藤 誠と中 シゲヲ(THE SURF COASTERS)というツインギターをフロントに据え、ベースの山内 薫、キーボードの片山敦夫、サックス&フルートの山本拓夫、コーラスのTIGER、ヴァイオリンの金原千恵子、そしてサザン本体からドラムスの松田 弘が参加するという豪華な布陣だ。サザンや桑田佳祐のソロなどでおなじみのメンバーということもあり、安定したバンドサウンドは盤石だが、そのうえで非常に軽やかな印象を感じさせる。まさに、原 由子の音楽性を体現するには申し分のないメンバーと言っていいだろう。

 続く「シャボン」もサザンオールスターズの名曲のひとつ。マイナーな曲調によってステージの雰囲気も少し艶っぽい空間へと変化する。スクリーンに映し出されるシャボン玉も幻想的だ。カラッとしたイメージの楽曲と、こういった湿度が高い楽曲のどちらも見事に表現できる稀有なボーカルこそ、彼女の歌の魅力だということをあらためて実感させられた。桑田佳祐が古希を迎え、原自身も60代最後の年だという短いMCの後は、片山敦夫と斎藤 誠のソロパートをフィーチャーした「Anneの街」、そして甘酸っぱい青春時代を描いた「少女時代」という1991年発表の大作アルバム『MOTHER』に収められた名曲を連発。さらに「老体に鞭打って作ったアルバムから(笑)」と紹介して、3年半前にリリースされた現時点での最新作『婦人の肖像 (Portrait of a Lady)』から「鎌倉 On The Beach」を披露。まさにこの場所ならではの選曲に思わず胸が熱くなる。

 「こんな感じでまったりやってますけど大丈夫ですか」と笑いを取った後、ソロ・デビューアルバム『はらゆうこが語るひととき』より、ファンだった宇崎竜童に楽曲提供してもらった「うさぎの唄」へ。作詞はサザンオールスターズの関口和之が担当している。「まんが日本昔ばなし」をイメージしたという鳥獣戯画のようなスクリーンの映像に加え、農夫の衣装を着たダンサーのユニークな踊り、そしてうさぎの着ぐるみまで登場して場を盛り上げた。その熱気を保ったまま、ラテン風のピアノが鳴り響き「夕方Friend」になだれ込む。ライブでは初披露というレアな選曲は、サプライズと言ってもいいだろう。後半にはメンバーのソロ回しもカッコよく決まり、前半のクライマックスとなった。曲が終わると改めてひとりひとりメンバーを紹介。彼女にとって信頼できるミュージシャンたちであることが伝わってくる。

 大学の後輩だという斎藤 誠がバトンタッチでMCをしていると、原 由子がアコースティックギターを抱えて登場。そのままアンプラグド的なアンサンブルで、人気の高い「いちょう並木のセレナーデ」を披露。自然と手拍子が会場中に響き渡る。そしてギターを抱えたまま、少し幻想的な「唐人物語 (ラシャメンのうた))」へ。桜吹雪をイメージした演出で時空を超えた歌の世界へ没入させられた。さらには「ツアー以外では旅をする機会は少ないけれど、歌の世界でその場に行った気分になれる」というトークを挟んでの「旅情」から始まるパートが圧巻だった。江ノ電の走行音が聞こえてきたと思ったら「鎌倉物語」に移り、祇園囃子の音色とともに「京都物語」につながっていく。いずれもスクリーンにはその土地の名所が映し出され、旅気分にさせてくれる演出が憎い。今回のコンサートのコンセプトの中核が、この3曲に凝縮されていたと言ってもいいのではないだろうか。

 ここからはいよいよクライマックスへと向かう。「この曲があったからソロを続けられた」という話から始まったのが、彼女が初めてリード・ボーカルを披露した名曲「私はピアノ」。男女のダンサーによる振り付けも決まっていて、エモーショナルな歌謡テイストのメロディを艶やかに演出する。そして「そろそろ盛り上がっていきましょう!」という掛け声から「恋は、ご多忙申し上げます」が始まり、モータウン風のビートに乗っていつしか観客は総立ち状態。さらにウォール・オブ・サウンドに包まれたオールディーズ・タイプの「ハートせつなく」とキラーチューンを連発する。ヒートアップした中でバンドの音圧が上がり、「スローハンドに抱かれて (Oh Love!!)」へ。エリック・クラプトンへのリスペクトと言えるロックナンバーが会場中を揺らしていく。エンディングでは「いとしのレイラ」の印象的なフレーズを披露してくれたのも、最高のファンサービスだった。そして銀テープが飛び交ったと思うと、ツイストを踊るダンサーたちが現れ、「じんじん」をハンドマイクで歌う。ダンスホールと化したステージの本編は、これにて大団円を迎えた。

 拍手が鳴りやまない中、再びメンバーが登場してベンチャーズのフレーズを披露したかと思えば、原 由子とTIGERによる「恋のフーガ」のカバーで楽しませてくれる。そのままベンチャーズ風ギターのイントロに乗せて「そんなヒロシに騙されて」へ。松田 弘と金原千恵子をブレイクでいじるという爆笑の演出もあり、大いに盛り上がった。

 まるでお祭り騒ぎのような後半からアンコールへの流れも一段落。ここで仲間とスタッフ、そして集まってくれたファンへの感謝の言葉を述べた後は、屈指の名曲「花咲く旅路」を披露。オリエンタルな雰囲気の穏やかな楽曲は、やはり彼女の声だからこそ最大限に表現できるのだと感じられる。大きな桜の木をバックにしっとりと歌う姿は、45年の歴史だけでなく、これからの歩みを垣間見せてくれるような気がした。

 こうしてあらためてバラエティに富んだ楽曲を堪能すると、原 由子というシンガーソングライターの特異性が際立って見えてくる。サザンオールスターズの屋台骨的な存在であるだけでなく、ソロのアーティストとしても他の誰にも追随できない歌詞とメロディのセンスを持ち、何よりも彼女にしか生み出し得ない個性的な歌の世界があるのだ。スケールが大きいにもかかわらず重くなりすぎない原由子の普遍的な音楽。その魅力をあらためて見せつけられたアニバーサリー・コンサートだった。

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