アンジェラ・アキ、幼少期のトラウマから生まれた成功と苦悩 困難を極める時代に今届けたいメッセージ
アンジェラ・アキからニューアルバム『SHADOW WORK』が届けられた。2012年リリースの『BLUE』(2012年7月18日リリース)以来、じつに14年ぶりのオリジナルアルバムとなる本作。配信シングル「Pledge」「Floating Planets」を含む、全15曲を収めた大作だ。
タイトルの「SHADOW WORK」は、心理カウンセリングの一つで「心の奥に追いやってきた怒り、嫉妬、劣等感、恥、恐れなどの“闇”と向き合い、その存在を認め、理解し、受容していくことで自己全体を統合していくプロセスのことを指す。2020年から実際にカウンセリングを受け、過去のトラウマや悲しみと向き合い、少しずつ自分自身を取り戻してきたというアンジェラ。その過程をそのまま音楽に昇華したのが、本作『SHADOW WORK』だ。
2014年に無期限の活動休止を発表。アメリカで音楽を学び直し、東宝オリジナルミュージカル作品『この世界の片隅に』の音楽を担当するなど、ミュージカル作家としてのキャリアを確実に進んできた彼女。一時期は「自分で歌う曲はもう作らない」と思っていたというアンジェラは、どのようにして“シンガーソングライターとしての自分”を取り戻したのか。その過程を率直に語ってもらった。(森朋之)
「すべてが崩壊してしまった」ーー成功の影で蝕まれていったメンタル
ーー14年ぶりのニューアルバム『SHADOW WORK』、じっくり聴かせてもらいました。
アンジェラ・アキ(以下、アンジェラ):ありがとうございます。15曲もあるから、いっぱい時間を取らせてしまって。ごめんなさい。
ーーいえいえ(笑)。このアルバムは2020年からアンジェラさんご自身が体験したカウンセリングから始まっているとか。当時の状況を少し教えてもらっていいですか?
アンジェラ:はい。もちろん、ある朝いきなり「カウンセリングが必要だ」と思ったわけではなくて、徐々にそういう状態になっていったんですよね。それまでの生き方や手段ではどうにもならなくなって、このままだとすべてを失ってしまうかもしれないという危機感を覚えて。それもね、自分では気づけなかったんです。離婚を経験した仲のいい友達、カウンセリングに通っている私の妹と話をしているなかで、「アンジー、ちょっとヤバいんじゃない?」と言われて。私は「大変だけど大丈夫だよ」みたいな感じだったんだけど、「いや、大丈夫じゃないと思う」ってカウンセリングを強く勧められたんです。それでもしばらくは「大丈夫だよ」って言っていて……。
昭和の時代を生きてきた人間は多分そうだと思うんだけど、自分を優先することを良しとされなかったじゃないですか。ゆとり世代が出てきて、「自分のことばっかりだな」って思ったり(笑)。でも、彼ら、彼女たちは正しかったんですよ。私は自分のケアを怠っていたし、「この状況をきれいにまとめるにはどうしたらいいか?」ばかり考えてきて。そういうやり方が無理になってきて、半信半疑ながらカウンセリングに行ってみたら、すぐに「あなたは幼少期のトラウマをたくさん抱えている。カウンセリングに来て正解です」と言われたんです。「でも、もっと辛い経験をしている人もいますよね?」「そういう問題ではないです。そんな質問をしていること自体が間違い」みたいな。
ーーシンガーソングライターとしてデビューした後も、自分のケアよりも実力を認められることを優先していた印象があります。たとえば有名な音楽番組に出るとか、オリコン1位を取るとか、大きな会場でライブをやるとか。それを実現する能力とパワーがあったわけですが、それがアンジェラさん自身にダメージを与えていたのかも……。
アンジェラ:確かにあの頃は「外から認められること、評価を得ることで自分の価値が上がる」という思い込みのもとで生きてたと思います。当然、自己肯定感もなくて。小さい頃から「おまえはダメだから、人の百倍がんばらないといけない」と育てられてきたし、「そのままの自分では受け入れられない」という気持ちが強かったんです。しかも小さい頃に住んでいた徳島には外国人がほとんどいなかったから、ハーフの私は“異質”みたいな扱いをされていて、人知れず疎外感を感じていた。15歳でアメリカに行ってからはそんな扱いはされなくなったけど、“評価されたい”“愛されたい”という生き方は自分の一部になってしまって、手離すことができなかった。それをずっと続けてきて、40代になってから、すべてが崩壊してしまったんだと思います。
さっき仰ってた“オリコン1位”とか“『紅白』に出る”とか“武道館でライブをやる”ということもそう。「たくさんの人に聴いてほしい、たくさんの人とつながりたい」と思うのと同時に、一方では「否定してきた人達を見返してやる」という気持ちもあったんですよ。ハーフは売れない、年齢が行き過ぎてると私をバカにした音楽業界の人たちを見返したい。そういう怒りの燃料が私を武道館まで連れていってくれたし、『紅白』出場、オリコン1位に辿り着くパワーだったんです。それは音楽だけではなくて、小さい頃の私をいじめた近所の子たちまで、全部つながっていたんですよ 。「今に見てろよ」という気持ちは物心ついたときからあったので。
ーー2020年はちょうどミュージカルの仕事を始めた時期ですよね。シンガーソングライターとしての活動を再開するというビジョンはすでにあったんですか?
アンジェラ:まったくなかったです。ミュージカルの仕事はやりたかったし、音楽は続けたいと思っていたけど、その時点では自分の名前でアルバムを出して、ツアーをやることは考えていなくて。ちょっと話が飛んじゃうけど。2016年に鈴木雅之さんに楽曲(「明日をください」)を提供して、一緒にレコーディングしたんですよ。そのときマーチンさんに「なんで歌わないの?」と聞かれて、「マーチンさんに楽曲を提供すること以上の喜びは、今の自分のなかにないんです」と答えて。そしたらマーチンさん、「また歌いたくなったらやればいいよ。歌いたくなるまで無理しなくていい」って言ってくれて。
ずっと「いつ復帰するんですか?」みたいなことを言われていたし、私も「やらなくちゃいけないのかな」と葛藤していたんだけど、マーチンさんの言葉で「無理に戻るのはやめよう」と思って。心のなかでは「たぶん歌いたくなることはないだろうな」と思ってたんですけど、じつは。
ーーそこから曲を書いて歌うまで、どんな経緯があったんですか?
アンジェラ:やっぱりカウンセリングが大きかったです。さっきも話したように、私は「いろいろ大変だけど、大丈夫」と思い込んでいて。カウンセリングを受け始めたころは、自分の感情がどうなっているか把握できてなかったんです。いちばん難しかったのは、悲しみの感情。怒りは第2の感情と呼ばれていて、いちばんベースになってるのは悲しみ、不安、寂しさなんです。私は悲しみに辿りつくまでにすごく時間がかかって……。半年くらい経った頃かな、先生に「7日間のグループカウンセリングに参加しませんか?」と言われたんです。5人ずつのグループに分かれて、1日6~7時間のインテンシブなカウンセリングをやるんですが、そのときに初めて、自分をさらけ出せて。私という人間のすべてを認めて、受け入れてもらえた感覚があったんですよ。
そこから日常に戻ったら、今までとはまったく違う景色が見えてきたんです。「ずっと現実だと思っていたのは、VRの映像だったのかも」みたいな感じがあって、その後、離婚を決意して。それからさらに2年くらい経って、あるとき「曲を作ってみようかな」という気持ちになったんです。そのとき作ったのが「Pledge」(昨年5月リリースの配信シングル)。“アルバムのため”とかではなくて、とにかく自分の気持ちを書き出したかったんですよね。実際、誰にも聴かせず置いてたんですけど、1年後くらいに「『Shadow Work』というアルバムを作ろう」と思い立って。カウンセリングと同じことを音楽でやりたくなったんです。
ーーアンジェラさんが経験してきたことを音楽として表現したい、と。
アンジェラ:そう。カウンセリングは癒しのために行うんだけど、ヒーリングって前に進むだけじゃないんですよね。5歩歩いたと思ったら2000歩下がることもあるし、順調に進んでいたのに、いきなりどん底に落ちたり。『Shadow Work』のプロセスはまったく美しくないし、醜いところもたくさんあるんです。なのでアルバムを作ると決めたときも、支離滅裂のまま進んでいこうと思って。アルバムを聴いてもらえればわかると思うんですけど、ただただ被害者目線で書いた曲もあるし、怒ってる歌もあるし、悟ってる曲もあれば優しい曲もあって。全然キレイなストーリーではないんだけど、それが私の「Shadow Work」。しかもまだ終わってなくて、「5年目でこれができました」という感じなんです。