矢野顕子が『さとがえるコンサート』で紡いだ豊かな時間 30年分の物語、“おくりもの”を授かった一夜に

 矢野顕子が毎年恒例の『さとがえるコンサート』のフィナーレを、東京・NHKホールで迎えた。1996年に始まったこのコンサートツアーは今年で30回目。その年によって全国のさまざまな会場を訪れるツアーだが、NHKホールは必ず組み込まれてきた。会場で販売されたパンフレット巻頭に、矢野はこんな言葉を記している。

「1回目の「さとがえるコンサート」を始めたわたしに『あなた30年後もここでやってるからね』って言ったら、大笑いしたことでしょう」

 そんな30年分の思い出と、今から始まるコンサートへの期待に包まれて矢野がメンバーと登壇し、代表曲のひとつ「春咲小紅」からコンサートはスタートした。The YANOAKIKOと呼ばれるバンドのメンバーは、林立夫(Dr)、小原礼(Ba)、佐橋佳幸(Gt)。林と小原は青山学院高等部のサークルの先輩という関係から始まり、矢野と70年代からレコーディングやライブでともに活動してきた。佐橋は2人より10歳ほど年下だが、多くの現場で彼らと共演している。この3人が2018年から『さとがえるコンサート』には欠かせない存在だ。矢野の歌とピアノの柔軟な流れを優しく受け止める3人の演奏に、矢野の調子もみるみる上がっていく。ステージの後方がヒヨコ色に染まった「夢のヒヨコ」を歌い終えた矢野は笑顔を客席に向けた。

「最初にやった曲は「春咲小紅」そして「夢のヒヨコ」。どちらも糸井重里の詞です。次の曲も糸井。「SUPER FOLK SONG」(『SUPER FOLK SONG』収録)という曲があって、まさるくんとみどりちゃん、村の若い者が恋に落ち、しかし親の反対にあって駆け落ちする。それからいったいどうなったのか、わたしも知りたかった。その後日談を糸井が書きました。皆様どうぞご自分を重ね合わせて」

 その曲「SUPER FOLK SONG RETURNED」は、どこか牧歌的な演奏をバックに矢野は楽しそうに歌い、〈何が何してなんとやら〉と浪曲調の歌詞が入る後半パートでは、リフレインする〈ハッピーエンドに〉を情感たっぷりに届けた。そしてリズムボックスの軽やかなビートで繋いだのは「魚肉ソーセージと人」。これも演奏が、ホームドラマのような歌といい感じでマッチした。歌い終えると矢野は、この曲誕生の背景に奥田民生との魚肉ソーセージをめぐるやりとりがあったことを説明した。

 「ニットキャップマン」は、岡田徹が書いた曲を矢野は優しく歌うが、糸井が作詞した謎の主人公・フジオさんの半生は厳しいものだ。寓話性を裏打ちするように佐橋の弾くマンドリンが入るファニーなアレンジが絶妙で、このメンバーならではの演奏に。和んだところで第1部の最後「YUMEDONO」へ。これは4人も親しかったギタリスト・故 大村憲司のソロアルバム『KENJI SHOCK』収録曲。大村はYMOの国内外ツアーのサポートメンバーを務めたことから、この作品には矢野もYMOとともに参加している。洗練されたインストゥルメンタル「YUMEDONO」を当時の空気を知る面々が入魂の演奏で聴かせると、矢野のセッションプレイヤーとしての凄みが一段と発揮される好演となった。

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