ブランデー戦記、新作EPで打ち砕くバンドの固定観念 大胆な挑戦も成立させる楽曲そのものの強度

 ここ数年、音楽ストリーミングサービスのラインナップを眺めていると「Sped Up」という言葉が目につくようになった。「Sped Up」というのはその名のとおり「スピードを上げた」という意味で、オリジナルの楽曲を高速化したバージョンのことだ。もともとはTikTokなどのSNSでショート動画のバックに音楽を流す際に、映像のテンポに合わせるために倍速化した音源をユーザーが(勝手に)作り、使い始めたのが起源とされる「Sped Up」。中には動画に使われている速いバージョンが人気となり次々と拡散され、非公式ながら何百万回もの再生数を稼ぎ出す楽曲も現れ始めた。それがそもそものオリジナルのヒットへと繋がったケースも多く、たとえば世界的ヒットとなった藤井 風の「死ぬのがいいわ」などは、まずユーザー作成のSped Upバージョンがバズり、それがこの曲自体をチャートに押し上げる原動力となったとされる。動画サイトを漁れば、そうした非公式Sped Upの音源を多数発見することができる。

 そうした傾向を受け、しだいにアーティストがオフィシャルでSped Upバージョンをリリースすることも増えた。もともとサブスクが全盛となり、同じ楽曲をバージョン違いやミックス違いで次々とドロップすることで目立たせる、というマーケティング手法はとられてきたが、そのひとつとして、SNSでのバズを期待してSped Upバージョンも作る、というフローが一般化していったのである。

 日本でそのSped Upが注目されるきっかけのひとつとなったのが、2022年にリリースされたゲスの極み乙女の『Gesu Sped Up』というデジタルEPだろう。このEPで彼らは「キラーボール」や「私以外私じゃないの」などの代表曲8曲をスピードアップしてリリース。このあたりの目ざとさはさすが川谷絵音という感じだが、その後いくつものアーティストが公式Sped Upをリリース。今年4月には話題となったSKY-HIとNissyのコラボ曲「SUPER IDOL」のSped Upバージョンがオリジナルのリリースから5カ月を経てドロップされ、SNS上で再生数を伸ばし、直近ではMega Shinnosukeの「愛とU (Sped Up Ver.)」がビルボードの「TikTok Weekly Top 20」(9月4日付け)でトップに立った。

 そうした流れがあるなかで9月13日にリリースされるのが、大阪出身の3人組バンド、ブランデー戦記のEP『悪夢のような(NightTime Version)』である。これは8月にリリースされた同バンドの2ndEP『悪夢のような1週間』のリード曲「悪夢のような」のバージョン違いだけを集めた作品で、オリジナルの「悪夢のような」のほか、アコースティックバージョン、アカペラバージョン、インストゥルメンタル、そしてもちろんSped Upバージョンも収録されている。

ブランデー戦記 - 悪夢のような(Nightmarish) MV

 そもそも、この「悪夢のような」とはどんな曲なのかというと、ブランデー戦記のほかの楽曲からすればかなり異質な、新機軸といっていい性格をもった楽曲である。それまで感情を爆発させるようなギターサウンドを軸に楽曲制作をしてきた彼らだが、この曲ではシティポップ的なグルーヴとリズム、シューゲイザー的なギター、シンセサイザーのレイヤーなど、抑揚の効いたサウンドプロダクションを披露。押さえ込んだ感情が音の隙間から漏れ出してくるような、聴けば聴くほど引き込まれる1曲に仕上がっている。

関連記事