神はサイコロを振らない、“今この瞬間”にすべてを注ぐ ホールツアー『心海パラドックス』最終公演

 ロックバンド、神はサイコロを振らない(以下、神サイ)が10月28日の大阪府・オリックス劇場を皮切りに、全国8都市でのホールツアー『Live Tour 2023「心海パラドックス」』を開催。そのファイナル公演を12月17日に東京国際フォーラム ホールAにて行った。

 神サイが9月27日にリリースした2ndフルアルバム『心海』は、そのタイトル通り柳田周作(Vo)が自身の心の奥深くへと潜っていき、そこで掴んだ“言葉”や“メロディ”をメンバーと共に紡ぎ上げた、バンドとしては初のコンセプトアルバムだった。それを携えて行われた本ツアーは、ある意味では内省的なその作品を「外へと解放する」という意味を込めて『心海パラドックス』と銘打っているという(パラドックスは“逆説”や“背理”といった意)。Yaffleや亀田誠治、村山☆潤らを新たにアレンジャーに迎え、これまでのバンドサウンドとは一味違う景色を作り上げた『心海』の世界観を、ライブではどう再現するのか。バンド史上最大規模となる東京国際フォーラム ホールAには、それを一目見ようと駆けつけたオーディエンスの熱気が開場前から溢れていた。

 定刻となり、深海をイメージした幻想的なオープニングムービーが流れ出す。やがてメンバーが登場すると、客席からは大きな拍手が巻き起こった。ピアノの前に立つ柳田にスポットライトが当たり、アルバム冒頭を飾るインストナンバー「Into the deep」のアンビエントなフレーズをゆっくりと弾き始める。すると桐木岳貢(Ba)にもスポットが当たり、ダブルストップ(和音)を駆使したラインを繰り出し『心海パラドックス』の幕をゆっくりと上げていく。

柳田周作(Vo)

「ずいぶん待たせたな。飛べるのか東京? 行くぞ!」

 その幽玄なムードを突き破るような柳田の叫び声がこだますると、客席からは大きな歓声が湧き上がる(以前に比べ、男性客が大幅に増えたようだ)。それに応えるように黒川亮介(Dr)がタイトなビートを叩き始め、アルバム『心海』を象徴するような楽曲「What's a Pop?」に繋いでいく。冒頭から総立ちになったオーディエンス、その一人ひとりの心にまっすぐ届けようと渾身のロングトーンを聴かせる柳田の姿に胸が熱くなる。「愛してるぜ、東京!」、そう叫びながらジャンプする柳田に合わせ、オーディエンスが揃って飛び跳ねるとフロアが抜けるほど揺れた。

吉田喜一(Gt)
桐木岳貢(Ba)
黒川亮介(Dr)

 続いて爽やかでグルーヴィーなポップチューン「LOVE」を披露。途中、同期のコンピューターが止まってしまうアクシデントに見舞われたものの、それすら笑い飛ばし“盛り上がるための演出”へと昇華する4人。そして演奏した「巡る巡る」(1stアルバム『事象の地平線』収録)では、疾走感たっぷりのリズムに合わせて会場のあちこちからハンドクラップが鳴り響いた。

 黒川と桐木によるグルーヴィーなリズムの上で、軽やかな16ビートを刻む吉田喜一(Gt)のギター。洗練されたコードやソウルフルなメロディが印象的な「Popcorn 'n' Magic!」は、神サイのレパートリーのなかでもとりわけポップに振り切ったダンスチューンだ。サビの掛け合いコーラスをオーディエンスとのコール&レスポンスにアレンジし、一体感を高めていく。東京国際フォーラムという大舞台でライブ本来の楽しさを思う存分味わい尽くしている4人の嬉しそうな姿に、思わずこちらの頬も緩んでしまう。

 ラッパーのRin音とコラボした楽曲「六畳の電波塔」は、〈うたで世界を救いたい〉とストレートに歌う柳田の歌詞が印象的。世界のあちこちで果てることなく続く戦争や紛争に、つい厭世的な気持ちになってしまいそうな心を激しく揺さぶった。そしてライブ中盤は、サポートメンバーに吉田翔平(Vn)と小林岳五郎(Key)を迎えた6人編成に。ふたりは神サイのレコーディングはもちろん、2020年にYouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』で柳田が「泡沫花火」を歌った時にもサポートを務めるなど、柳田曰く「チーム神サイの一員」とも言える面々である。この日のライブでも、Yaffleがサウンドアレンジを手がけた神サイの新境地「スピリタス・レイク」を、重厚かつ壮大にアレンジすることに一役買っていた。さらに、「夜永唄」「プラトニック・ラブ」と神サイ屈指の名曲を演奏。「プラトニック・ラブ」では吉田がボウイング奏法(ギターをバイオリンの弓で弾く奏法)を披露する一幕もあった。

 「イリーガル・ゲーム」と「揺らめいて候」をつなぎ、6人編成でのカオティックなサウンドスケープと柳田による官能的な歌詞の世界でオーディエンスを酔わせたかと思えば、「僕にあって君にないもの」ではステージ前方を紗幕で覆い、そこにカレイドスコープのようなエフェクト映像を投影するなど、まさにホールならではの演出の数々で魅了した。

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