「ゴジラのテーマ」との出会いが始まり 伊福部昭、黒澤明&早坂文雄……Salidaレーベルの歩みに迫る

NHKアーカイブの貴重な録音の数々

――2020年にリリースされた『伊福部昭の純音楽』では、まさかこんな古い「日本狂詩曲」の音源(1957年)があったのかと驚きました。

『伊福部昭の純音楽』

出口:NHKとの繋がりができていたのが大きかったですね。その前に『池野成の純音楽』を作った際、「ラプソディア・コンチェルタンテ」の音源をNHKからご提供いただいたんです。NHKでは片山杜秀さんが『クラシックの迷宮』(NHK-FM)でNHKアーカイブの貴重な録音を流されていて、山岡重信指揮&東京フィルの「シンフォニア・タプカーラ」も一度、『クラシックの迷宮』で放送されていますよね。その片山さんから、伊福部先生が指揮者の三石精一さんを非常に評価されていた、とお聞きしたんです。なぜかというと、三石さんが若い頃に「日本狂詩曲」を録音したことがあるんだと。それでNHKに問い合わせたところ、幸いその録音が残っていたので、収録が実現しました。

――「シレトコ半島の漁夫の歌」のオーケストラ伴奏の合唱版も北海道大学合唱団の記録で、存在は把握していたんですけど、まさか本当に伊福部先生が編曲されていて、音源まであるとは思いませんでした。こうした文献でしか知り得なかった作品を聴ける喜びも格別なものがあります。

出口:NHKもそうなんですけど、たとえ音源が残っていても収録するには演奏家の許諾が必要なんですね。これは幸いにも指揮者の方も当時歌われた団員の方もお元気で、全て確認を取ることができたのが何より大きかったです。

――先に挙がった「ラプソディア・コンチェルタンテ」は、池野さんの唯一とも言えるオーケストラによる純音楽作品で、呪術的かつ圧倒的なエネルギーの塊が聴く者の心を捉えて離さない名曲です。自分は伝手を頼って入手した当時の『現代の音楽』(NHK-FM)のエアチェック音源で長らく聴いていましたが、音質も酷く、『池野成の純音楽』も待ち望んでいたCD化でした。

出口:『池野成の純音楽』は2017年のリリースです。なかなか新録も難しくて、初演や記録音源を集めたものにはなりましたが、いずれも生前の池野先生がリハーサルから立ち会われていて、とても良い演奏を収録できたと思っています。

――片山さんがプロデュースした『サマーフェスティバル2017』のライブ音源が収録された『黛敏郎の雅楽 昭和天平楽』も嬉しいCD化でした。昔出ていたレコードは入手難ですし、なんとかして聴き返したいと思っていた作品です。

出口:思いはトヨタさんと全く同じで、「なんでこの作品のCDがないんだ!」に尽きます。この企画の立案のきっかけは、西村朗さんが司会をされていた『現代の音楽』で、『サマフェス2017』の4日間あった公演のうち、芥川也寸志さんと松村禎三さんの室内楽が演奏された2017年9月6日の公演(『再発見“戦後日本のアジア主義”―はやたつ芥川、まろかる松村―』)が放送されたんですよ。その録音があるのなら「昭和天平楽」もあるだろうと。それで面識も当然なかったんですけど、サントリー(芸術財団)に電話しまして、担当の方に録音の有無を確認しました。その後、録音が無事確認されたので、演奏された雅楽の伶楽舎、指揮者の伊左治直さんが所属されている東京コンサーツに許諾を得るための連絡を取りました。そのあたりはこれまでのCD制作を通じてノウハウがありましたし、これは自分としてもぜひとも実現したかった企画です。

――『黛敏郎の雅楽』もそうですが、近作は片山さんのトークが収録されているのも楽しみのひとつです。

出口:これはひとえに片山さんのおかげなんですけど、片山さんとは事前に打ち合わせを全くしていなくて、ある意味、無茶振りと言いますか、私の質問をポンとお送りして、それを聴いた片山さんがお話しして返してくださった録音を編集しています。伊福部先生にしろ、黛敏郎にしろ、今まで全く知らない切り口でお話ししてくださって、制作しながら私自身、非常に勉強になることばかりです。まさに非の打ちどころのない完璧な内容で、本当に感謝しかありません。

早坂文雄の肉声を世に問う

――『早坂文雄と芥川也寸志の対話』は音楽ではなく、両者のトークを収録した新しいコンセプトですね。

出口:とにかく考えたのは、早坂さんの肉声なら世に訴えかける力があるだろう、ということです。

――特に早坂さんは、今や存命当時を知る人も少なく、その肉声を初めて聴いた人が大半だったかと思います。まさに「歴史上の人物がしゃべってる!」といった感動を覚えました。このテープは、ピアニストの高橋アキさんが所蔵されていたそうですね。

出口:高橋さんのご主人は亡くなられた音楽評論家の秋山邦晴さんで、その昔『キネマ旬報』で連載していた「日本映画音楽史を形作る人々」と「アニメーション映画の系譜」を1冊の書籍に纏めるということで、編集者の朝倉史明さんという方が動かれていたんです。朝倉さんとも全く面識がなかったんですけど、「日本映画音楽史を形作る人々」の池野先生の項目について確認事項があるとのことでご連絡いただき、そのやりとりの際に、当時取材した膨大なテープが残っていることをお聞きしたのですが、その中に、この早坂さんと芥川さんの対談がありました。早坂文雄という人はマメに日記や手帳にその日の出来事を記録する方だったんですが、その中に“1955年2月にテープレコーダーを購入した”旨の書き込みがあるんです。当時はまだ珍しい存在だったテープレコーダーを購入した早坂さんは、来客があるたびに会話を録音しては、後日それを聴いて楽しんでいたんですね。その録音テープを後年、早坂さんの遺品確認や調査のために頻繁に早坂家を訪れていた秋山さんが、ご遺族の承諾を得て保管されていたわけです。幸い、早坂さんや芥川さんのご遺族と後に繋がりができたので、許諾を得て世に出すことができました。

 それからしばらくしたら、「肉声をCD化したんだから次は作曲家 早坂文雄の音楽作品を形にしたい!」という気持ちを抑えきれなくなりまして(笑)、2015年に開催された東京交響楽団公演『早坂文雄 没後60年コンサート』のCD化を閃いたんですね。このコンサートでは、黒澤明監督作品『羅生門』の映画音楽「真砂の証言の場面のボレロ」、セルアニメーションと実写の結合による独自な表現を用いた戦後の日本アニメーション作品のために作曲された「交響的童話『ムクの木の話し』」、早坂さんの純音楽作品の遺作であり、後進の作曲家たちに多大な影響を与えた「交響的組曲『ユーカラ』」が演奏されています。早速、東京交響楽団に問い合わせてみたところ、10年近く前のコンサートにも関わらず、とても真摯に対応してくださって、公演録音は無事発見されました。コンサートを指揮された大友直人さんも快諾くださり、こうして制作が実現したのがCD『早坂文雄の軌跡』です。「交響的童話『ムクの木の話し』」は初CD化ですし、「交響的組曲『ユーカラ』」はこれまで数十年にわたり、たった一つのコンサートの録音だけが音盤化されている状態でしたので、それを改善できたことは私自身にとっても大きな喜びです。

――そして、このたび新しくリリースされる『黒澤明と早坂文雄の対話』ですが。

出口:実は『早坂文雄と芥川也寸志の対話』の際に、黒澤明監督と早坂文雄さんの対談を録音したテープも確認していたのですが、天下の黒澤プロダクションが一介のインディーズレーベルのSalidaなんか相手にしてくれないだろうと、最初は二の足を踏んでいたんです。でもその後、黒澤プロダクションと黒澤和子さんの株式会社K&K Bros.の双方に連絡を差し上げたところ、とても真摯にご対応くださり、有難いことに許諾をいただくことができました。

『黒澤明と早坂文雄の対話』

――名コンビとして知られた2人のプライベートな会話ですが、聴かれてみていかがでしたか?

出口:同じ早坂さんでも、後輩の作曲家となる芥川さん相手に話すのと、黒澤監督では、少し話し方が違うんです。当然と言えば当然なんですけど、新たな早坂さんの側面を確認できた喜びを感じました。当時、2人とも同じ40代ですし、非常に近しい距離を感じます。黒澤監督に関しても働き盛りの溌剌とした話しぶりを聴くことができます。

――内容についても気になるところです。

出口:これは『早坂文雄と芥川也寸志の対話』の時も同様なのですが、おそるおそる当たり障りのない無難な内容だけを抽出しても意味がない。物議を醸すぐらいの覚悟をもって制作に当たっています。もちろんご遺族が「ここは削除してほしい」という箇所があれば、ためらわずカットします。今回でいうと例えば、早坂さんが音楽を手掛けた溝口健二監督の『楊貴妃』のくだりで、当時の唐の楽器を苦労して復元したのに、映像では寄りで全然撮影してくれなかったなど、早坂さんが黒澤監督にこぼしているんですよ(笑)。ちょっとこれは難しいかなと思ったんですけど、黒澤監督と早坂さんサイドから修正などの要望は一切なかったので収録に至りました。そして今回の録音で何より重要なのが、黒澤監督は新作『生きものの記録』の脱稿直後で、黒澤明・早坂文雄という伝説的コンビが作品について打ち合わせをする様子がしっかり記録されていることです。加えて、この対談は1955年の5月1日に収録されたものなのですが、実は早坂さんは同じ年の10月15日に亡くなられるんですね。その意味でも、早坂さんの晩年を記録したとても貴重な録音だと思います。

――今回、特にこだわった部分はありますか?

出口:ブックレットでは、東宝映画の前身となるP.C.L(Photo Chemical Laboratory)映画製作所を設立して、東宝映画の初代社長を務めた植村泰二さんにも触れています。この人が黒澤監督と早坂さんを繋ぐキーマンで。植村さんは札幌に帰郷した折、早坂さん作曲の「虎杖丸」を聴いて感動し、早坂さんを絶賛しています。その後、ワインガルトナー賞を受賞した早坂さんの「古代の舞曲」が東京で初演された際には、作家の森田たまさんと共に楽屋を訪れて早坂さんの東宝への入社を強く勧めました。また、助監督時代の黒澤監督にも目をかけています。世界的にも研究者が大勢いる黒澤監督ですし、今、世間では、戦後間もない時代が舞台の『ゴジラ-1.0』で盛り上がっていますが、第一作『ゴジラ』公開年と同じ1954年に『七人の侍』の仕事を成し遂げた黒澤明と早坂文雄に関するCDを、同じタイミングで世に出す流れとなったことに不思議なご縁を感じています。ぜひ“黒澤明と早坂文雄の1955年”にも多くの方々に目を向けていただきたいですね。

――最後にSalidaの今後の展望や、レーベルとしてのアピールも教えてください。

出口:振り返ると、自分でもよくここまで続いたなと思います。本当に冗談でもなんでもなく、毎回これで最後だと思って取り組んできました。ただ、活動を通じて身に染みて感じるのは、人との繋がり・お付き合いの大切さですね。近年ですと映画評論家・映画監督で、神保町にあるシェア型書店「猫の本棚」のオーナーでもいらっしゃる樋口尚文さんに多大なお力添えをいただき、感謝してもしきれないぐらいお世話になっています。今後もこうしたご縁に恥ずかしくない活動を続けていけるよう精進していきたいです。これまでリリースしたCDについてですと、とにかく自分がやりたいことをやってきたんですね。先ほどの小杉太一郎さんの言葉じゃないですけど、まさに筋肉的というか、エネルギーに満ち溢れた律動や旋律を持ち合わせた音楽、そういったものが自分は好きなんだなあ、と改めて感じます。決して「珍しさ」を価値基準にして制作してきたわけではないのですが、結果的に他では聴けない音源ばかりをSalidaのCDとして世に出してきました。伊福部昭や黛敏郎は、比較的有名ですが、Salidaレーベルを通じて、池野成、小杉太一郎、山内正といった作曲家たちにも、ぜひ多くの方々に興味を持っていただきたいと心から願っています。

■リリース情報
『黒澤明と早坂文雄の対話』
12月20日(水)発売
【曲目】
1. 新作(『生きものの記録』)脚本完成 [3:51]
2. 新作について [11:26]
3. 新作タイトル検討 [2:09]
4. 今度のシャシンは音楽がむずかしい [8:14]
5. 『ミュージカル時代劇』構想 [5:59]
6. 映画『楊貴妃』について [1:43]
7. 映画『あすなろ物語』について [1:42]
8. ベートーヴェン [2:37]
9. 新作脚本執筆の回想 [4:02]
10. 土屋嘉男 [2:24]
11. 来月9日の演奏会 [1:26]
12. 古美術談義I [2:10]
13. 古美術談義II [2:05]
14. 古美術談義III [7:02]
15. 石について [3:34]
16. 家について [1:56]
17. 幸福なんて小さいもん [1:46]
18. 多摩川の鮎釣り [1:38]
19. 黒澤一家解散?! [2:23]
20. 肺の治療・『楊貴妃』 [3:09]
21. 溝さんは元気 [1:08]
22. 永田雅一の失言 [0:56]
23. 一緒にヴェニス行こう"って [2:11]
24. 梅干し [1:54]

録音:1955年5月1日(日)早坂文雄邸
企画・制作・デザイン監修・解説書執筆:出口寛泰(Salida)
制作許諾:株式会社 黒澤プロダクション、株式会社 K&K Bros.、北浦(早坂)絃子
制作協力:高橋アキ

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