はっぴいえんどはなぜ特別な存在になったのか 曽我部恵一、オリジナルALから紐解く伝説的バンドの足跡 

『HAPPY END』は、その後の3人のソロの原点

ーー今回リリースされるCDはより解像度の高い音で『風街ろまん』の完成度を検証できて、「抱きしめたい」に複雑なイントロから引き込まれてしまいます。

曽我部:「抱きしめたい」は僕もイントロから腰を抜かしました。何だろう、このえもいえない感じは? と。スネアの乾ききった音も最高だし、遠藤賢司さんの「夜汽車のブルース」との共鳴も感じつつ、ビートルズ(The Beatles)の「Come Together」の〈シュッ!〉を入れる心憎さもあって。

ーー今ではスタンダードとなった細野さんのボーカルの「風をあつめて」は、「風街」の世界観を決定づけました。

曽我部:「風をあつめて」は細野さんがギターを弾いて、松本さんと二人だけで録音したんですよね。僕は細野さんが影響を受けたというジェームス・テイラーよりこっちの方が断然好きですね(笑)。

ーー『風街ろまん』にはシンガーソングライターやカントリーロックの要素も入ってきますが、90年代の若者には少し距離があったと思います。

曽我部:流行ってはいなかったですけど、『風街ろまん』を聴いてからはカントリーロックを好きになったし、「空色のくれよん」みたいなペダルスチールを入れたいって、若者らしく素直に影響を受けた。サニーデイの『東京』はカントリーロックが下敷きにありましたね。はっぴいえんどの時代からすでに20数年経っていたけれど、『風街ろまん』は僕らの背中を押す力があった。

ーー松本さんがアルバムのほとんどの作詞を手がけ、大瀧さん、細野さんの個性の違いも表出。鈴木茂さんも「花いちもんめ」で作曲を飾り、まさに4人が結束してつくったアルバムという感はありますね。

曽我部:1枚目に比べたら聴きやすいアルバムではあるけれど、「颱風」のように『風街ろまん』の空気を暴力的にぶった切る曲もあるところがこのアルバムの面白さで、今回のボーナストラックのフルサイズはヤバいですね。「はいからはくち」もそうなんだけど、大瀧さんのガレージっぽい感覚が効いている。

ーー「はいからはくち」は歌詞も遊び心に溢れているし、お囃子のイントロといい、大瀧さんのノベルティ路線の萌芽がありますね。

曽我部:そうそう。僕は「はいからはくち」が“肺から吐く血”とかけていたことにあとから気づいて驚いたんですが、それを受けてその次の多羅尾伴内名義の「はいから・びゅーちふる」が“肺からビューと血が降る”なんて、まるで大喜利みたいじゃないですか?(笑)。これがA面の最後というのも最高ですよね。

ーーB面は細野さんボーカルの「夏なんです」で始まります。

曽我部:はっぴいえんどを初めて聴いた夏、カセットに『風街ろまん』を録音して故郷に帰省したんです。そのとき、ガールフレンドのクルマの中で聴いた「夏なんです」は忘れられないですね。まさに〈田舎の白い畦道〉でね。この透明感はちょっと誰にも真似ができない。

ーー鈴木茂さんが、はっぴいえんどで初めて作った「花いちもんめ」は?

曽我部:これがまたいいんですよね。茂さんのマイペースに突っ走るスピード感はのちの傑作『BAND WAGON』に繋がっていったんだろうし、茂さんの朴訥とした歌も大好きなんですよ。

ーーのちに多くの検証や研究がされたのは名盤の証しでもありますね。

曽我部:僕も詞作、サウンド、すべてに影響を受けたし、掛け値のない名盤であることは間違いないけれど、やっぱり、大瀧詠一さんと細野晴臣さんが同じバンドにいるという状態は最高だけど、大変だったのかな(笑)。だからこそ、奇跡のようなアルバムが生まれ、今なお聴き続けられているんでしょうね。

ーー3枚目にしてラスト・アルバムの『HAPPY END』(1973年)はすでに解散を決めていたにも関わらず、アメリカでレコーディングされました。

曽我部:松本さんは抵抗があったそうですね。もう解散している状態のバンドのアルバムを作ることに。

ーーライナーノーツによると、もう1枚作ろうとしたのは、はっぴいえんどのアルバムをどうしてもベルウッドから出したかった三浦光紀(※4)さんの執念だったとか。

曽我部:なるほど。当時はアメリカ録音ということはとんでもなく魅力的なことだったんでしょうね。しかしやはりそこで得たものはメンバーのその後の活動や音楽に反映されていくわけですよね。

ーーこの時期は大瀧さんはすでにソロのレコーディングを開始し、細野さんもスタジオミュージシャンの仕事が増えていった頃でもあった。

曽我部:そうでしたね。ただ、バンドは続けることが目的じゃないし、はっぴいえんども自然な成り行きで発展的に解散したんだと思うんです。自分たちが納得できるアルバムを作り、音楽性を高めて、各自がその先に進んでゆく。その置き土産が『HAPPY END』ですね。

ーーそれぞれのソロのような趣が『HAPPY END』では一段と強くなる。

曽我部:もし、最後のアルバムを作らなければ、「風来坊」は細野さんのソロデビュー作『HOSONO HOUSE』に入っていたのかなと思うんですけど、この曲をはっぴいえんどとして残してくれてよかった。歌詞も細野さん自身が書いて、この細野さんにしか醸し出せない雰囲気はたまらないものがありますね。「相合傘」のファンキーなリズムはキャラメル・ママに継承されていったんでしょうし。

ーー「氷雨月のスケッチ」など鈴木茂さんの曲が3曲収録されているのは、The Beatles末期のジョージ・ハリスンのようで。

曽我部:そう。最年少の茂さんがここで急成長を見せる。このアメリカ録音と松本さんとのコンビは『BAND WAGON』の布石にもなった。

ーー大瀧さんはソロアルバムを制作したあとなので曲のストックがなくて、アメリカに到着してから曲を作ったとか。

曽我部:「田舎道」は大瀧さんにしたら傑作というより佳曲になるんだろうけど、僕は大瀧さんのこういう世界観が大好きなんですよね。『HAPPY END』は、その後の3人のソロの原点とも言えますよね。

ーーロサンゼルスのスタジオで16トラックのレコーディングを体験し、ゲストにLittle Featのローウェル・ジョージとビル・ペイン、カービー・ジョンソンを中心とするブラス・セクション、そしてヴァン・ダイク・パークスが参加しています。

曽我部:LA録音特有のサムシングというのもあると思うんですが、個人的に音の質感は『風街ろまん』の方が僕は断然好きですね。海外録音がまだ未知だった時代にアメリカのスタジオでどういう音が録れるのかという興味は当然あっただろうし、その好奇心が加勢してアルバムをもう一枚つくることになったわけだから、メンバーは楽しく学ぶところもあったんじゃないかな。それにLittle Featのレコーディングを見学したというのは相当刺激的だったでしょうね。

ーー録音したサンセット・サウンド・レコーダーズは、Buffalo Springfieldの『Buffalo Springfield Again』をレコーディングしたスタジオだったことが判明し、大瀧さんは非常に腑に落ちたそうです。

曽我部:その最後が「さよならアメリカ さよならニッポン」というのも美しいですよね。この曲がなければ大友克洋さんの名作「さよならにっぽん」もなかったかもしれない(笑)。その後のソロや音楽性、いろんな点で、やっぱり、『HAPPY END』を残してくれてよかったと思いますね。はっぴいえんどは、メンバーのソロから遡るように聴いても面白いし、今なお新鮮な発見があるんですよね。

ーー2023年の今もはっぴいえんどの3枚のオリジナル・アルバムから改めて見えてくるものがまだまだありそうですね。

曽我部:初めてはっぴいえんどを聴く人が羨ましいと思うことがあるんですよ。僕らははっぴいえんどがいたから、今のようなバンドになったけど、今の若者にはどんな風にはっぴいえんどが響くんだろうと。それは僕の受けた衝撃とも違うはずだから。アナログ高騰の昨今、若い世代が適正価格でいつでもはっぴいえんどを聴けるようになってほしいですね。

※1 ベルウッド・レコード:1972年にキングレコード内に設立されたフォーク/ロック系のレーベル。はっぴいえんどの3rdアルバム『HAPPY END』、大瀧詠一、細野晴臣の1stソロアルバム、高田渡、はちみつぱいなどをリリース。

※2 『ALL TOGETHER NOW』:国際青少年年を記念して1985年6月に国立競技場で行われた大規模ライブイベント。はっぴいえんどは12年ぶりにステージに立ち、同年9月にライブ盤『THE HAPPY END』がリリースされた。

※3 風待ミーティング:松本隆作家活動30周年記念ライブとして1999年11月9・10日に渋谷ON AIR EASTで開催。スペシャルセッションバンドとして細野晴臣、松本隆、鈴木茂も出演した。

※4 三浦光紀:ベルウッド・レーベルを設立し、『HAPPY END』のアメリカ録音を実現した音楽プロデューサー。70年代の日本のロック/フォークの需要作品を数多く手がけている。

■リリース情報
『はっぴいえんど』
初回生産限定盤:MHCL-30914 ¥3,520(税込)
通常盤:MHCL-30915 ¥2,200(税込)
発売:ソニー・ミュージックレーベルズ

<収録曲>
1. 春よ来い
2. かくれんぼ
3. しんしんしん
4. 飛べない空
5. 敵タナトスを想起せよ!
6. あやか市の動物園
7. 12月の雨の日
8. いらいら
9. 朝
10. はっぴいえんど
11. 続はっぴーいいえーんど

<ボーナストラック>
12. かくれんぼ (歌入れ最終ダビングTake1)*
13. 12月の雨の日 (最終ダビング Take2)*
*初回生産限定盤のみ収録

『風街ろまん』
初回生産限定盤:MHCL-30916 ¥3,520(税込)
通常盤:MHCL-30917 ¥2,200(税込)
発売:ソニー・ミュージックレーベルズ

<収録曲>
1. 抱きしめたい
2. 空いろのくれよん
3. 風をあつめて
4. 暗闇坂むささび変化
5. はいからはくち
6. はいから・びゅーちふる
7. 夏なんです
8. 花いちもんめ
9. あしたてんきになあれ
10. 颱風
11. 春らんまん
12. 愛餓を

<ボーナストラック>
13. はいからはくち (完パケTake1)*
14. 颱風 (Full Size)*
*初回生産限定盤のみ収録

『HAPPY END』
初回生産限定盤:MHCL-30918 ¥3,520(税込)
発売:ソニー・ミュージックレーベルズ
通常盤:KICS-4113 ¥2,200(税込)
発売:キングレコード

<収録曲>
1. 風来坊
2. 氷雨月のスケッチ
3. 明日あたりはきっと春
4. 無風状態
5. さよなら通り3番地
6. 相合傘
7. 田舎道
8. 外はいい天気
9. さよならアメリカ さよならニッポン

<ボーナストラック>
10. 風来坊 (吉野金次MIX)*
11. 田舎道 (吉野金次MIX)*
*初回生産限定盤のみ収録

CD購入は以下より
『はっぴいえんど』
https://lgp.lnk.to/J4wDmX
『風街ろまん』
https://lgp.lnk.to/picCZ4
『HAPPY END』(初回生産限定盤)
https://lgp.lnk.to/EeNSKK

■関連商品情報
LP発売日:2023年11月3日
『はっぴいえんど』
完全生産限定盤(クリアレッド盤):MHJL-292 ¥4,070(税込)
発売:ソニー・ミュージックレーベルズ

<収録曲>
Side-A
1. 春よ来い
2. かくれんぼ
3. しんしんしん
4. 飛べない空
5. 敵タナトスを想起せよ!

Side-B
1. あやか市の動物園
2. 12月の雨の日
3. いらいら
4. 朝
5. はっぴいえんど
6. 続はっぴーいいえーんど

『風街ろまん』
完全生産限定盤(透明クリア盤):MHJL-293 ¥4,070(税込)
発売:ソニー・ミュージックレーベルズ

<収録曲>
Side-A -風
1. 抱きしめたい
2. 空いろのくれよん
3. 風をあつめて
4. 暗闇坂むささび変化
5. はいからはくち
6. はいから・びゅーちふる

Side-B-街
1. 夏なんです
2. 花いちもんめ
3. あしたてんきになあれ
4. 颱風
5. 春らんまん
6. 愛餓を

『HAPPY END』50th数量限定プレス盤(重量盤):KIJS-90039 ¥4,070(税込)
発売:キングレコード

<収録曲>
SIDE A
1. 風来坊
2. 氷雨月のスケッチ
3. 明日あたりはきっと春
4. 無風状態

SIDE B
1. さよなら通り3番地
2. 相合傘
3. 田舎道
4. 外はいい天気
5. さよならアメリカ さよならニッポン

LPの購入はこちら
『はっぴいえんど』
https://lgp.lnk.to/uKdzMb
『風街ろまん』
https://lgp.lnk.to/2AEDbg

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