the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第18回 英語混じりの日本語詞の誕生秘話、意外なアニソンからの影響も

8thアルバム制作時の愛聴曲 『涼宮ハルヒの憂鬱』を観て“受容性の拡大”も!?

 意識的に「日本語」ということにストイックだった90年代後期の日本語ラップは、BUDDHA BRANDの衝撃、2000年代のSEEDAやAKLOのようなバイリンガルな才能の出現を経て、この頃には英語混じりのラップがスタンダードと言ってもいいくらい定着していた。その変遷は僕たちが幼少期〜思春期に周囲で流れていた歌謡曲の歴史とも少し似ていて、70年代の日本語ロック論争からの流れを鑑みても、憧憬からの反動によるオリジナリティの模索、精神論に基づいたこだわりや頑なさというものは、得てしてそうしたものにとらわれない新しい世代によって柔軟に更新されていくことが多いのだろう(こだわり続けている人も非常に好きですが)。

 長年追いかけている日本語ラップの歌詞における変遷をいちファンとして楽しんでいたことは、無意識のうちに「英語混じりの日本語詞」に対する個人的イメージを刷新する背景の一つになっていたのだと思う。

 さらにはこの頃によく呼ばれていたDJの現場で、ピークタイムに今井美樹「雨にキッスの花束を」やCOMPLEX「BE MY BABY」などのJ-POPで盛り上がる年下の音楽好きたちを目にしたことなどもあった。そういった楽曲を古い7インチレコードのセットの合間に挟み込む若いDJたちのセンス。嬉々として盛り上がるフロアの風景。

〈カッケー奴らはカッケー奴らとカッケーことして/ダッセーモノでもカッケーモノに見せる〉(KOHH 「Fuck Swag」)。

 僕たちがバンドで曲を作るときの変わらないルールの一つが「自分が本当に良いと感じるものを作る」だが、その源である「良いと感じる」感性は、実は磨くことを怠ればいつの間にか錆びついてしまう類のものなのかもしれない。

KOHH - "Fuck Swag" Official Video

 『Memories to Go』の制作前後によく聴いていたヒップホップでパッと思い浮かぶのが、ゆるふわギャング「Fuckin' Car」で、今でもDJでよくかける。Ryugo IshidaとNENEの対比、コンビネーションも最高なのだけれど、何と言っても曲中でガラッと雰囲気の変わるトラックが素晴らしい。8ビット混じりのMVと相性の良いレトロフューチャーな感触の前半から、エリック・サティの「ジムノペディ」を下敷きにしたようなアンニュイな後半への流れは、その頃に海外で頭角を現し始めていたLil’ YachtyやLil Uzi Vertといった(マンブルラッパーとメディアに呼称された)ラッパーたちのサウンドプロダクションとの同時代性も相まって、プロデュースしたAutomaticという名前を印象づけた。

YURUFUWA GANG - FUCKIN' CAR (Official Music Video)

 彼が手がけた2020年リリースのNENE「慈愛」も私的クラシック。当時4歳だった僕の娘がメロディをすぐに覚えて口ずさんでいたのも印象に残っている。

 ここからは蛇足、というよりコラムのテーマから逸脱する上に、時系列も少し遡ることになってしまうのだけど(編集担当のSくんすいません)、個人的価値観の更新ということで言えば、2000年代後半に放送されていたアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』をどうしても思い出してしまう。

 僕が実際に観たのは世間的なブームのピークの後だったのだが、それまであった「妙に目だけが大きい」キャラデザインのアニメに対する偏見を取っ払うきっかけとなった作品で、勧めてくれたのは原(昌和/Ba)である。

 例えば『AKIRA』や『攻殻機動隊』シリーズは元々好きだったし、スタジオジブリの諸作なども含め、それまでアニメ作品に触れてこなかったわけではないのだが、単純に絵柄の部分で敬遠していたところがあった。

 しかし、「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上!」という涼宮ハルヒの台詞に凝縮された一見すると荒唐無稽な世界観は、想像力の自由な働きと、その発想を支える独自の論理構築の大切さを再確認させてくれた。平たく言うなら、友人の妄想を「これ面白くない?」とある程度の筋道を立てて聞かされているような……それをワクワクして聞いていた昔の自分の感覚を思い出させてくれたのだった。

 誰かに好きな異性のタイプを聞かれたらすかさず「長門有希」と答えてその場を凍らせ、ツアーの合間には原と共に「エンドレスエイト」の集合場所となっていた喫茶店で遠い目をしながらコーヒーを飲む……そんな『涼宮ハルヒの憂鬱』をきっかけに『けいおん!』や『氷菓』など同じ京都アニメーション制作の作品や、『化物語』をはじめとする『物語』シリーズ、『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』など色々と観ていくうちに、2000〜2010年代のアニメソング、いわゆるアニソンが持つ独自のミクスチャー性の魅力も発見することになる。

 作曲者の背景をほとんど感じさせない、ぶつ切りにされた文脈の拝借は、悪く言えば節操がないとも言えるのだけど、そのことが逆説的なオリジナリティの獲得に繋がっていて、例えば『らき☆すた』のオープニングテーマ「もってけ!セーラーふく」や、『じょしらく』のエンディングテーマ「ニッポン笑顔百景」などの楽曲構造は、今聴いてもやはり面白いなと思う。

 好きな曲を1曲だけ挙げろと言われたら、作品に思い入れがある分「ハレ晴レユカイ」(『涼宮ハルヒの憂鬱』エンディングテーマ)と相当迷うが、やはり「恋愛サーキュレーション」(『化物語』オープニングテーマ)に尽きる。

Renai Circulation「恋愛サーキュレーション」Kana Hanazawa

 深読みすればニュージャックスウィング由来と取れなくもない……しかしそう言うには軽薄すぎるドラムパターンと、チープさが逆にノスタルジーを誘うホーンや鍵盤の音色、そこに乗るラップ風ASMRとキャッチーなサビ、こんな女の子は妄想上にしか存在しないだろう、だがそこが良い、というリアリティの希薄な歌詞……全てが絶妙なバランスで成り立っているクラシック。個人的にはその辺のドリームポップよりよほどユーフォリックに感じる。もしくは、同時代性で語るのであればチルウェイブ……とか言うと怒られそうだけど、しかし多分に現実逃避的という意味でベクトルは似ている。たぶん一千回くらい聴いていると思う。

 無理やりまとめると、自分の中で放置されたままだった偏ったイメージを変えるきっかけをくれたのが、またもやバンドのメンバーだった、という話です。

 そうした、世の中に溢れる様々な創作物に対する受容性の拡大を経て、個人的にそれまでより色々とフラットな感覚で制作に臨んだのがthe band apartの8枚目のアルバム『Memories to Go』だ。ローカルから面白いことが始まって世の中にゆっくり派生していったのが90年代なら、スマートフォンからSNSへあっという間に拡散していくのが現在。スピードは大きく違えど、発信源はいつだって誰かの脳内。衰えていくことが科学的に証明されているとしても、まだまだ好奇心は失くさずにいたい。

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