ジョージ・クリントンが体現し続ける自由と団結 ヒップホップにも多大な影響を与えた、偉大なる“ファンクの総帥”の功績

 ジョージ・クリントンとP-Funkは、ジェームス・ブラウンと並んで、最も多くヒップホップにサンプリングされたアーティストのひとりとして知られている。ジョージ・クリントンは当初からサンプリングされることに対して寛容であり、新しい世代を認め、サポートしてきたことからもヒップホップ業界からリスペクトされており、彼がいなければヒップホップは今の形になっていなかったと言えるだろう。1993年にはサンプリング用のアルバム『Sample Some Of Disc, Sample Some Of D.A.T』シリーズをリリースしており、アルバムにはサンプリングをしやすいようにステムトラックが収録された。こちらの作品は数々のヒップホップアーティストによってサンプリングされている。

 Funkadelicのヒット曲「(Not Just) Knee Deep」だけでも、De La Soul「Me Myself and I」、ドクター・ドレー「Fuck wit Dre Day (And Everybody's Celebratin')」、同じくドクター・ドレーがプロデュースしたスヌープ・ドッグのソロデビュー曲「What's My Name?」、2パック「Can't C Me」、EPMD「Gold Digger」、Digital Underground「Kiss You Back」「Bran Nu Swetta」、LL・クール・J「Nitro」などでサンプリングされている。

De La Soul - Me Myself and I (With Intro) (Official Music Video) [HD]

 特にドクター・ドレーがソロデビューアルバム『The Chronic』でスヌープ・ドッグと作り上げたG-Funkサウンドは、まさに名前通りP-Funkに大きく影響されており、ジョージ・クリントンがいなかったらG-Funkは生まれていなかったと言える。ドクター・ドレーの同アルバムではP-Funk関連の曲を多数サンプリングしており、スヌープ・ドッグのデビューシングル「What’s My Name?」ではFunkadelic「(Not Just) Knee Deep」以外にも、Parliament「Give Up the Funk (Tear The Roof off The Sucker)」、そしてジョージ・クリントン「Atomic Dog」が使用されている。

Snoop Dogg - Who Am I (What's My Name)?

 近年ではチャイルディッシュ・ガンビーノ『Awaken, My Love!』がP-Funkに影響されており、サンプリングするだけではなく、「Redbone」ではジョージ・クリントンも作曲者の1人としてクレジットされている。その他にもジョージ・クリントンはケンドリック・ラマーの名作『To Pimp A Butterfly』にも参加した。

 また、ジョージ・クリントンとP-Funkは後のシンセサイザー音楽にも大きな影響を与えている。P-Funk以前はフェンダー・ローズやハモンドオルガンを使用するバンドが多かったが、P-Funkのキーボーディストであるバーニー・ウォーレルは、今では定番であるモーグ・シンセサイザーを開発者 ロバート・モーグから受け取った史上2人目のミュージシャンだったこともあり、「Flash Light」をはじめとしたP-Funk作品でモーグとミニモーグを多用し、後のR&B、ニューウェイヴ、テクノなどのジャンルに影響を及ぼした。

 ジョージ・クリントンの功績を辿ると、“自由”と“団結”というキーワードが思い浮かぶ。

 彼は型にとらわれないアティテュードで、アーティストだけではなく、リスナーを解放したとも言えるだろう。ソウルアーティストたちがスーツを着てステップを踏むなか、ジョージ・クリントンとP-Funkはそれまでにない奇抜な格好とテーマで自由を表現した。そしてファンク、ソウル、サイケデリックロック、ディスコを組み合わせ、ジャンルの垣根を越えた音楽性でカルチャーを促進させた。

 また、ファンクというジャンルを次のステップに押し上げたという意味で、彼は人々を“団結”させたと言える。ファンクとはライフスタイルでもあるが、音楽的にはビートの1拍目にアクセントをつけ、強調することだとブーツィー・コリンズなどのファンクパイオニアたちは説明している。ジョージ・クリントンとブーツィー・コリンズは、その「1」というコンセプトを大切にしており、自由に踊りつつもビートの「1」で団結し、全員が一つになるというテーマをたびたび強調している。ブーツィー・コリンズは「ジェームス・ブラウンが“1”でアクセントをつけるコンセプトを作って、ジョージ・クリントンがそれを持って走り抜けた」と語っている(※2)。

 スピリチュアルなテーマを掲げてファンクを進化させ、ヒップホップの成長を促し、その後のポピュラー音楽に多大な影響を与えた“ファンクの総帥”ジョージ・クリントンの功績は、とても一つの記事だけで語り切るのは難しい。しかし、彼がいなければ、現代の多くの音楽やカルチャーが存在していないことは確かだ。筆者が小学生のときに初めて自分で購入したCDにもP-Funkの曲が収録されていた。そんなレジェンド、ジョージ・クリントンのライブは必見である。

(※1、2:筆者訳)『The Story of Funk: One Nation Under a Groove』より

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