連載「lit!」第42回:マイリー・サイラス、カロル・G、d4vd、Gorillaz、スロウタイ……チャート内外で見つかる多様なヒット曲

スロウタイ「Feel Good」

slowthai - Feel Good (Official Video)

 『SUMMER SONIC 2023』と『SONIC MANIA 2023』での来日も決定している英ノーサンプトン出身のラッパー、スロウタイが3枚目のアルバム『UGLY』を3月3日にリリースした。本作はUKグライムラッパーとは思えないほど大胆にポストパンク路線へと音楽性を転換している。この試みが十分に成功したのは、ここ数年のUKロックシーンにおける最重要プロデューサー/エンジニアのダン・キャリーの参加は見逃せない最大の要素だ。アルバムタイトルは単語そのままの「醜い」という意味と、「U Gotta Love Yourself(自分を愛するべきだ)」という意味のダブルミーニングになっている。これについてスロウタイは「このアルバムと一緒に生きて、成長していってほしい。みんな醜いものを持っているから、ありのままの自分を愛してあげて」と英Complexメディアのインタビューに答えている(※4)。

 タイトル曲「UGLY」では、ダン・キャリーがデビュー当初からプロデュースしてきたFontaines D.C.のメンバーが演奏をしている。彼らは現在のUKロックシーンでも最も勢いのある実力派バンドの筆頭だが、スロウタイが時に荒々しくアジテートしたり急に囁くようなトーンになったりする激しいボーカルと美しく調和している。一方アルバムの中でも一際軽やかでポップな「Feel Good」は、同じく『SONIC MANIA 2023』で来日予定のシャイガール(Shygirl)がバックボーカルを務めている。MVは同曲をリリース前に初めて聴いたファンのリアクション動画になっている。後半ではスロウタイ本人が登場してファンとハグし合っているのが微笑ましく、温かい。

 自身の名前を冠した前作『TYRON』(2021年)は全英1位となったが、今作はThe Lathumsの同日リリース作に阻まれ、2位という結果になった。しかしこれほどまでに音楽性を大転換してもなおしっかり結果を残すことができたのは、リスナーやミュージシャンらの彼への信頼と期待の表れだと言えるかもしれない。オーディエンスとアーティストのいずれも充実した現在の英国の音楽シーンから生まれた最良の成果のひとつである。

shame「Addreal」

shame - Adderall (Official Audio)

 サウスロンドン出身、ポストパンク/オルタナティブロックバンドのshameが3rdアルバム『Food For Worms』を2月24日にDead Oceansからリリースした。

 ADHDや睡眠障害の治療薬の「アデロール」の中毒になった友人について歌う痛ましい「Adderall」は、今作のハイライトだ。愛や失恋や自分自身についてではなく、仲間をテーマにしたポップミュージックが少ないことに気づいてトライしたとバンドのフロントマンのチャーリー・スティーンは語っている(※5)。

 前作『Drunk Tank Pink』がリリースされた2021年は、Goat Girl、Squid、Dry Cleaning、Black Country, New Road、black midiといった個性豊かなバンドが大雑把に「ポストパンク」の名の下にまとめられ、「Post-Brexit New Wave」と名付けられるほどの一大ムーブメントとなっていた。それから2年が経過し、バンドの数もサウンドのスタイルもやや飽和気味となってきこのシーンにおいて、shameが今作で示したストレートなソングライティングと演奏は、バランスの取れた正しい舵取りのように感じられる。

Two Shell「bluefairy」

bluefairy

 最後に紹介するのはここまでで触れたようなチャートにランクインはしないものの、アンダーグラウンドで確かな盛り上がりを見せているロンドンの覆面デュオTwo Shellである。昨年の楽曲「home」が、米ピッチフォークで「BEST NEW TRACK」という特に優れた楽曲として評価され、続くEP『Icons EP』も「BEST NEW ALBUM」として高得点を叩き出した。また、『Boiler Room x Primavera Sound Barcelona』での満員のパフォーマンスや『Glastonbury Festival』への出演も果たし、日本でも大阪・東京・仙台・京都の4都市を巡るツアーを年末年始に開催している。

 Two ShellがサプライズリリースしたEP『lil spirits』に収録の「bluefairy」はチョップされたボーカルとシンセのループを曲の前半で印象付けてから、後半で曲のBPMを急上昇させることでフロアを沸騰させるような楽曲である。

 ヒットチャート以外の場所にだって「ヒット曲」はいくらでも存在するのだ。

※1:https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/122947/2
※2:https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/119468/2
※3:https://www.nme.com/big-reads/pinkpantheress-cover-interview-2023-take-me-home-ep-3390837
※4:https://www.complex.com/music/the-recipe-slowthai-ugly
※5:https://shamebanduk.bandcamp.com/album/food-for-worms

連載「lit!」第36回:Måneskin、サム・スミス、ポップカーン……音楽性の強化から歴史の継承まで、フィーチャリング曲に注目

前回の海外ポップミュージック回は昨年のヒット曲やシーンにおける新たな流れに目を向けてまとめた(※1)。年明け1回目となる今回の「…

連載「lit!」第30回:ハウスやレゲトンの活況、ビッグネームの新作リリース……2022年グローバルポップの動向を総括

今回第30回目となる連載「lit!」では、この2022年という激動の1年におけるグローバルポップの動向の総括を試みたい。当然なが…

関連記事