Dannie Mayが目指す、メジャーで活躍する国民的アーティスト像 SMAP、Mr.Children、aiko……“最強のJ-POP”の条件を考える

SMAPの歴代のヒット曲は「ハンパねえ!」

Dannie May(田中タリラ、マサ、Yuno)

ーー僕自身も今回、まさにそこが知りたい部分でした。J-POPといっても様々なスタイルの楽曲があるわけじゃないですか。「ど真ん中のJ-POP」と聞いてどんなことを思い浮かべましたか。

Yuno:どの時代も最強のJ-POPは、どの時代にも普遍性があって、全部一貫していて、普段それほど熱心に音楽を聴いてない人の耳にも残るメロディ。それから歌詞は共感性が高いこと。別にバラードであろうがアップテンポであろうが、その条件は変わらなくて。例えば失恋だったり、部活や受験勉強に打ち込んでいる時だったり、音楽を始めようと思った時だったり、いわゆる人生のターニングポイントには必ずその時に流行ったJ-POPが紐付いているんです。

マサ:そうやって考えた時に、僕の中でパッと浮かんだのがSMAPなんですよ。みんな知っている曲もたくさんあるじゃないですか。それを聴いていて「やっぱ、J-POPってこうだよなと。AメロがあってBメロがあり、サビがあって素敵なインターがある、みたいな。全てが主張し合うのではなく、絶妙なバランスで成り立っているあの形が、特にSMAPの歴代のヒット曲を聴いていると「ハンパねえ!」って思う。

田中:僕は、J-POPで「良い曲だなあ」と思うとき、大抵はストリングスやホーンが入っていることに気づいたんです。例えばMr.ChildrenやSMAP、嵐、それからaikoもそうですね。J-POPの名曲には必ずホーンかストリングスが入っている。Dannie Mayは今までそういう曲をやってこなかったのですが、今回はそこにチャレンジしてみました。メロディの合間を縫ってストリングスが現れ、メロディが出てくるとストリングスが引っ込む、みたいなルールも頭では理解できているんですけど、いざやってみようと思うと、どこから手をつけたら良いのか全然わからなくて。サビだけでも20時間くらいはかかったんじゃないかと思いますね。書いては消し、書いては消し……。そもそもバイオリンなんて弾けないので(笑)、「オーケストラってどういう編成なんだろう?」みたいなところからインプットする必要もありました。

マサ:いつもは僕がラフなデモを初めに作ってからタリラに投げているんですけど、今回はほとんど弾き語りの状態から組み立ててもらったから余計に大変だったと思う。

田中:でも、これはバンドも自分もステップアップするための絶好の機会だと思って頑張りました。トライしてよかったなと思っています。アレンジ面でも、歌詞に合わせて音色を配置していくことにこだわっています。例えば冒頭の〈嗚呼また始まりの合図だ〉というフレーズの直後に、赤ちゃんが天から舞い降りてくる場面をイメージしながらチューブラーベルを鳴らすなどしています。それによって、ものすごく幸福感のあるサウンドになったと思いますね。

マサ;とにかく今回は、みんながトライ&エラーを繰り返していると思う。なにせ、この曲の制作時に目標として掲げていたのが、「アクセス数2億回」だったので(笑)。サブスクで6億回の再生数を目指そうって。こんなの外に漏らす話じゃないかもしれないけど、メンバー同士でアイデアを出し合う時にはいつも、「それって6億回回る?」みたいなことを良し悪しの基準にしていましたね(笑)。

 アレンジに関しても、僕は当初16ビートのシャッフルを想定していたんですけど、Yunoが「もっと平たい方がいいんじゃない?」と言ってきて。全然ピンとこなくて「え、まじで?」と思ったんですけど、試しにやってみたらタリラもそれがすごくハマったらしくて。

田中:そう。最初はリズムパターンもセクションごとにコロコロ変わっていくのを想定してたんですけど、「なんか違うな」と思って相談したところ、Yunoはキックの4つ打ちパターンを出してくれて。曲が鳴っている間はずっと4つ打ちのリズムが鳴っているという。Dannie May初のパターンになりました。

ーー妹家族をモチーフに歌詞を書いたことについて、もう少し詳しく教えてもらえますか?

マサ:この曲のとっかかりは甥っ子が生まれたことですが、実は甥っ子ではなく妹が主人公の歌詞なんです。僕は昔から学園祭や体育祭でも中心メンバーとしてやってきて、どちらかというと外向的な性格だったのですが、妹は逆に大人しくて内向的な性格というか。前に出てリーダーシップを発揮したり、喜怒哀楽をはっきりと表に出したりするタイプではなかったのです。でも妹と久しぶりに会った時、「肝が据わった」印象があったんですよね。ものすごく強い意志のようなものを、これまでになく感じたというか。

 例えば僕が曲を書くとき、着飾った自分のためだけに書くのはいつか限界が来るとは思っていたんです。でも、人のために何かをするときには底知れぬパワーが出るなと思っていて。妹も子供を産んで、自分のためではなく子供のために生きているからこそ、あんなに強くなれたのかもしれない。そういう彼女を見ながら「この日々がずっと続いてほしい」と思ったし、甥っ子を見ていたら〈君が居ればそれが明日なんだ〉というフレーズが自然に浮かんできたんです。実はこの曲の歌詞では、そこが一番言いたかったことでもあるんですよね(笑)。

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