ゆいにしおの音楽を「女食住」から紐解く メジャーファーストアルバムにも根ざした“生活感”
日本コロムビア主催の『半熟オーディション2018』でグランプリを獲得し、シンガーソングライターとしてのキャリアを進めるゆいにしおが、メジャーファーストアルバム『tasty city』を10月5日にリリース。デビュー当初から一貫して表現している“生活感”が溢れる細かい情景が浮かぶような作品だ。
今回のインタビューでは、女性を主人公とした楽曲で東京での生活や食事にまつわる描写が多く描かれている本作を「女食住」をテーマに紐解く。女子校で過ごすことで見えた女性観、地元から東京に出てきた時の感覚、泣きながら賄いを食べた思い出………。ゆいにしおの楽曲の土台となっている部分をじっくり聞いた。(編集部)
幼少期からも物作りに触れる機会が多い環境だった
――リアルサウンド初登場ということで、まずは幼少期から歌手になるまでの経緯を聞かせてください。
ゆいにしお:親から聞いた話なんですけど、4つ上の兄が小学校で紙に切り込みを入れて本を作る授業を受けて、私にそのやり方を教えてくれてZINEみたいなものを作ったらしいんですよ。その内容が「笑顔になる方法」という、ちょっと自己啓発っぽい感じだったそうです(笑)。あと、幼稚園の園内に陶芸用の釜がありまして。みんなで壺を作って卒業制作にしたり、幼少期はとにかく物作りに触れる機会が多かったですね。音楽で言うと4歳の時にピアノを習い始めました。叔母がピアノの先生をやっていて、直接教えてもらうことはなかったんですけど「いい先生がいるから」と紹介してもらって。そこから14年ぐらいピアノを習いましたね。
――中学でギターも弾くようになるんですよね。
ゆいにしお:そうです。ギターを弾いてる兄を見て「カッコいいな」と思って教えてもらいました。そこから高校で軽音部に入って、バンドを始めました。
――高校時代は音楽の道に進もうと思っていました?
ゆいにしお:うっすらとはあったんですけど、でもその頃は自分の歌に自信が持てなくて。音楽よりも映像制作の道に進みたかったですね。というのも、父が映像を編集するのが得意で、家族旅行の映像に音楽をつけて丸々1本編集するのが好きな人だったんです。やり方を教えてもらってから、私も友達と旅行に行った時の映像をまとめて、DVDに焼いて配布したりして。『テクネ 映像の教室』(NHK Eテレ)がすごく好きだったのもあり、映像を作る仕事をやりたいと思ってました。でも、親に言ったら「大変な仕事なのよ」って言われて……結局普通の大学の文学部に進みましたね。
ーー大学の学園祭では、はっぴいえんどの「風をあつめて」を弾き語りされたそうですね。
ゆいにしお:他の大学の軽音サークルに入ったんですけど、そこで友達を作ろうとしたものの、人見知りを発動して全然友達ができなくて(笑)。「風をあつめて」をやりたかったんですが、バンドでできないから自分だけでやろうと思って、ピアノの弾き語りで披露しました。それ以降も周りがどんどんバンドを組んでいく中、1人で細々と音楽を作っていましたね。ただ私がいたサークルは、オリジナル曲を作ってバンド活動をしている人たちが多いところで。先輩にもメジャーデビューした方がいらっしゃったりして、そういうのを見ているうちに自分も燃えたぎってきて「負けていられない。1人でも行けるとこまで行ってみよう」って。そこから大学1年生の9月に、ゆいにしおとして本格的に活動を始めました。最初はSoundCloudなどの音楽投稿サイトを使って地道にオリジナル曲を発信したり、ライブに出たりして。だんだんと自信がついてきた、大学2年生の時にオーディションを受けるようになりました。『未確認フェスティバル』の名古屋大会とか、『ソニーキミウタオーディション』のファイナルにも出場しましたね。ありとあらゆる大手レーベルのオーディションを受けて、いいところまでは行くんですけどグランプリには届かない、みたいなことが多くて。
――そんな中、日本コロムビア主催の『半熟オーディション2018』でグランプリを受賞して、歌手としての道が開きます。当時は「音楽の道1本で行こう」と決めていたんですか?
ゆいにしお:まだ音楽1本で行こうとは思っていなかったです。周りが就活を始める時期だったのもあったし、私も音楽で食べていく想像が全然できなかったので、普通に就職しながら趣味として音楽を続けていければいいかなって感じでした。そこからミニアルバムを3枚出して、どれもすごくいい作品だったけど、そこまで売れたという気はしていなかったです。レーベルに所属したらSpotifyのフォロワー数もガンって上がるんじゃないの? と思っていたんですけど、なかなかうまいこといかなくて。でも、去年「息を吸う ここで吸う 生きてく」がTVアニメ『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』のOPテーマに決まったり、知ってもらえるきっかけが増えたおかげで、今回のメジャーデビューに繋がりました。
――ゆいにしおさんの音楽性についても聞かせてください。
ゆいにしお:昔からYUIさんとか、はっぴいえんどが好きなので、アコースティックフォークがルーツにあると思います。
――楽曲の題材や世界観はどうですか。
ゆいにしお:一貫して変わっていないのは“生活感”ですね。あんまりファンタジーっぽいのを作れないというか、現実から離れ過ぎちゃうと自分が共感できなくなってしまうので、生活感はずっと大事にしてます。
――「衣食住」って言葉がありますけど、ゆいにしおさんの音楽は「女食住」って感じがするんですよね。
ゆいにしお:“女食住”ですか?
――全曲共通して女性が主人公ですし、東京で暮らす人を映した情景描写であったり、食べ物も多く登場する。だから「女食住」だなって。
ゆいにしお:そのキャッチコピー、いただいていいですか(笑)? どの曲にも女性性がすごく出てますし、今回の作品『tasty city』は「食」がテーマのアルバムですし、まさにその通りです! 今、挙げていただいた3点が私の音楽を形成していると思います。
女子だけの環境となると、心がマッチョになる
ーーでは、3つのポイントを紐解いていきたいんですけど、まずは「女性」について。ゆいにしおさんは、中学校から大学まで女子校に通われていたそうですね。
ゆいにしお:そうなんです。愛知県の田舎に生まれたので、私立の学校に通うとなったら、女子校しか選択肢がなかったんですよね。
――中学から女子校に通うルートに乗るのって、思春期の頃からすると大きな決断な気がするんですけど、どうですか?
ゆいにしお:小学6年生の時は「一生彼氏はできないかもしれない」と思っていた気がします(笑)。でも結果的に女子校に入るべき人間だったんだとは思うんですけど。
――そう感じるのはどうして?
ゆいにしお:共学に通っていたら、年齢を重ねるにつれて男性に頼る術を身につけていっていたかもしれないんですけど、女子だけの環境となると、それが一切なくなる。それによって、めちゃめちゃたくましくなるんです。心がマッチョになるし、見た目を気にしなくてもいい。見た目にこだわらない分、音楽とか映像とか別のことに集中できたので、女子校に入って本当によかったなって思います。
――「心がマッチョになる」という話がありましたけど、ゆいにしおさんの曲に出てくる女性ってみんな逞しい印象があるんですよね。媚を売ったり、すがったりしないというか。
ゆいにしお:そうですね。それこそ女子校で培われたマインドなのかもしれないですね。「人に頼る前に、一旦自分で何とかしたい」みたいな。それが「可愛げがない」と言われる要因かもしれないですけど(笑)。
――影響を受けた作家に江國香織さんを挙げていますね。江國さんの描く女性像について、どんな印象をお持ちですか?
ゆいにしお:1番好きなキャラクターが『落下する夕方』(角川文庫)の華子という女性なんですけど、一言で言えば自由奔放なんです。長く付き合ってきたカップルの男性の方が、急に「好きな人ができたから別れよう」って切り出すんですけど、その人が好きになったのが華子。華子はその男の人の家に出入りするんですけど、他にもそういう関係の男性がいっぱいいるんです。
――いわゆる“魔性の女”ですね。
ゆいにしお:面白いのが、華子の持ち物ってラジオと口紅だけなんですよ。その身綺麗さとズルさが好きなんです。江國香織さんの描く、ズルいけど許しちゃうみたいな女性が好きですね。