KEI_HAYASHI、日常のジレンマ×ソウルミュージックで伝えるメッセージ 障害を抱えるからこそ見える世界

ルールとして決められても、文化として根付くには時間がかかる

Stay Gold [Official Music Video] / K E I_H A Y A S H I

ーー7月リリースの第二弾「Stay Gold」は、「What If」とガラリと違うサウンドになりました。どのような音像をめざしたんでしょうか? 

KEI:最初のイメージはピアノでバキバキっていう、たとえばアリシア・キーズとかエミリー・サンデーとかの感じでした。そこにヴィンテージ感のあるドラムの音……モータウンの真空管アンプで歪んでいるようなドラムが鳴っていて、ピアノがギャンギャン鳴ってるようなサウンドをイメージしていました。

ーーBAD HOPやKEN THE 390などを手がけるMONBEEがビートメイクを担当ということで、この曲はヒップホップテイストが色濃いですね。

KEI:そこもちょっと狙ったところがあって。楽器プレイヤーがつくる楽曲とビートメイカーが作る楽曲では、音楽をプロダクトする方向性や考え方が結構違うなと思っていて。たとえばハーモニーをどれだけ重視するかとか、音作りにしても何を良い音とするかという定義が違うと思うんです。僕は、わりとトゲのないサウンドになりがちなところがあって、作品になったときに悪い意味でまとまりすぎてしまうなと最近感じていて。だから、ビートメイカーの解釈を足すとどうなるのかっていうことをやってみたかったんです。作りたいサウンドイメージはある程度伝えた上で、それをMONBEEさんがどういうビートに乗せてくるのか、彼が持っている世界観を足すとどうなるのか。そういう試みでした。

ーーヒップホップな方向性はこれまであまりやっていませんが、どんな手応えを感じましたか?

KEI:本当にやりたかったことを形にしてもらえたので手応えがありました。MONBEEさんからトラックが返ってきたときも「すっごくいい!」って純粋に言った記憶があります。めっちゃいいじゃん!って。

ーー「Stay Gold」の歌詞は、どのようなジレンマをテーマにしているんですか?

KEI:ひとつは東京に対するジレンマですね。東京の生活というより、東京の街開発に対するジレンマを感じていて。首都として本当に東京がベストなのか?って思うこともあるし、たとえば渋谷の再開発もどんどん大きなビルが建っているけど結局外資の企業が入ったりして、誰のために今、東京が開発されているのかなって。地上を見てみても、僕も含めて、様々な人たちがこの街に群がって、なんとなく与えられてるような感じ。蜜に群がっている感覚というか、まやかしの光みたいなのがたくさんあって、そこに無理やり幸せを見出して生きている感じがするんです。だったら、そんな場所を出て自分たちなりの楽園を見つければいいのに、いまだにこの狭い東京にぐっと押し込まれて生きている。そういう大きなモノに対する矛盾を感じているんです。

ーー歌詞からはSNSがもたらす生きづらさや息苦しさもテーマになっているように思いました。現代社会におけるストレスというか。

KEI:だからといって、脱成長派ではないんですよ。科学の発展やSNSのような新しいサービス・文化はすごく好きなんですけど、それにフィットするまでの間の生きづらさ。そういうものに自分自身、踊らされているところもあるなと思って書いたんです。

ーーこの曲を通して伝えたかったことは?

KEI:最終的に言いたかったことは、自分の物差しをしっかり持っていこうということです。他人が作った基準に脅されないっていう。現代社会ということでいえば、ダイバーシティが謳われるようになったけど、個人レベルで実感できるものになっているかというと、まだまだそうじゃないと思うんです。男女差別もそうだし、障害者や、同性愛者の社会進出もそう。一つひとつのことがルールとして決められたとしても、文化として根付くまでには時間がかかると思うんですね。でも、それを切り開いていく人たちがいる。そうやって周りの基準に惑わされずに自分の物差しで生きていけば、結果、みんなが住みやすい世の中になるんじゃないかなと思うんです。

新しいソウル音楽、コンテンポラリーゴスペルは大好物

ーー最新シングルとなる第三弾「昨日より今日を好きになった」は、BUZZER BEATSのSHIMIが編曲・プロデュースを担当しています。どのようなサウンドコンセプトから作り始めたんですか?

KEI:リファレンスはサム・スミスの「Love Me More」でした。ああいうゴスペルの匂いがしつつも、それほどコテってとした低音じゃなく、丸みのある太いキックが鳴っていて。で、これも真空管アンプを通したような、モータウン的なツインリバーブがかかっているギターが鳴っているっていう。そういうソウルミュージックの上にゴスペル的なラインが乗っているものを作りたいというところから始まりました。

ーーR&Bというよりソウルミュージックな雰囲気がありますよね。ゴスペル感の表現方法も、ダニー・ハサウェイというより、Rケリーかなと思いました。適度にポップな感覚のあるゴスペルというか。

KEI:そうですね、まさに。小学校のときにニュークラシックソウルに出会って、中学校の頃はRケリーが大ヒットしてたんです。あとはカーク・フランクリンとか。RケリーだとゴスペルとR&Bをセットにした『Happy People / U Saved Me』というアルバムをよく聴いてました。そういう新しいソウル音楽、コンテンポラリーゴスペルは大好物なので、その新しさをどういうふうに足してもらおうかっていうのがSHIMIさんにお願いしたかったところです。ただ古いソウルっぽい音でやりたいわけじゃなかったから。

ーー歌詞は、どのようなジレンマをテーマに書いたんですか?

KEI:やりたいことに向かって一生懸命頑張っている人ほど磨り減る心がある、ということ自体がジレンマかなと思って書きました。

ーー日々の生活にエールを送るポジティブソングですし、フックでは、〈何してもうまくいかない日もあるけれど陽はまた昇るから〉とストレートな言葉を歌っています。

KEI:歌詞は制作ディレクターにいろいろアドバイスをもらいながら作りました。さっきの歌唱法の話と同じで、歌詞もわりとネガティブな感じに向かう性質がありまして(笑)。この曲でここまで言ったら重いんじゃないの?とか、もっとわかりやすい方がいいんじゃないの?とかアドバイスをもらって、繰り返し削ぎ落としていって、わかりやすいまっすぐな歌詞にしたんです。

ーー「昨日より今日を好きになった」と過去形のタイトルにした理由は?

KEI:ひとつ何かを乗り越えた状態というか、乗り越えているところを描きたかったんです。そういう人を主人公にして、聴いている人たちが同じようにそのステージに引っ張り上げてもらえるようにしたくて過去形にしました。

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