タイのラッパー F.HEROが語る、アジア音楽シーン発展のビジョン LDHとのパートナーシップで広げるJ-POPの可能性
LDH JAPANとタイのHigh Cloud Entertainmentがパートナーシップ契約を締結した。5月11日に行われた記者会見では、LDH代表のEXILE HIROと、High Cloud Entertainmentの創業者であり、タイの音楽業界を牽引するラッパー F.HEROが登壇。パートナーシップ締結の第1弾プロジェクトとして、BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBEとPSYCHIC FEVERが2022年8月から6カ月間、活動拠点をタイに移し、その様子がリアリティショー『New School Breakn’』として配信されることが発表された。F.HEROが考案した『New School Breakn’』というタイトルには、「New=新しい時代、新しい場所」「School=学び、挑戦する」「Breakin’=いろんなボーダーを壊し、一緒にアジアを盛り上げていこう」という意味が込められているそう(※1)。そしてリアルサウンドでは、F.HEROに単独インタビュー。タイの音楽シーンの現状、日本のアーティストに対する印象、LDHとのパートナシップ契約の目的などについて聞いた。(森朋之)
「ルーツを持ち続けながら創造力を発揮するアーティストは古くならない」
——F.HEROさんが中心となって2021年に設立された音楽レーベル High Cloud Entertainmentには、タイのポップミュージックであるT-POPを牽引するアーティストが所属しています。ラッパーとして活躍してきたF.HEROさんが、このレーベルを立ち上げた理由を教えてもらえますか?
F.HERO:もともと私はヒップホップだけではなく、ロックやポップスなどいろいろなジャンルの音楽を聴いてきました。その後ラッパーとして活動してきましたが、以前からフリーフォームの音楽レーベルを作ることが夢だったんです。フリーフォームとは、雲(=Cloud)のように形や見せ方を変えられるということ。High Cloud Entertainmentではコラボレーションを積極的に行っていますが、それも形に捉われないということですね。雲が天気や時間によって色や形が変化するのと同じように、私たちは音楽をやりたいのです。“High”に関しては、雲のようにみんなが見上げる存在になりたいという気持ちを込めています。タイの音楽シーンをさらに高いランクに上げることもそうですし、いい作品を作り続け、同じ空の下にあるアジア全体を盛り上げていきたいですね。CHET Asiaとのエージェント契約、LDHとのパートナーシップもその一環です。
——アジア全域に才能のあるアーティストが登場していることも関係していますよね?
F.HERO:やはりBLACKPINK、BTSがビルボードのチャートを席巻していることが大きいでしょうね。それはつまり、言語の壁が壊されているということ。これまでは多くの人が「英語の曲じゃないと欧米ではバズらない」と考えていましたが、世界がK-POPを求めているのは、純粋に楽曲のクオリティによるところが大きい。それぞれの国の言語の良さや強みを活かしながら質の高い曲を作れば、多くの人に届くことが示されたのだと思います。
——グローバル化が進み、2010年代以降は地域や国ごとの音楽の特性が感じられにくくなったと言われることもありますが、そうではなく、その土地にしかない音楽を作ることが大切だと。
F.HERO:そうです。台湾のスターであるジェイ・チョウは、まさにそうですよね。台湾に古くから伝わる楽器を使い、台湾特有のペンタトニック(音階)と現代の音楽を合わせることで、素晴らしい楽曲を作り続けています。もちろん我々の国にも、タイにしかない音階やリズムがあります。High Cloud Entertainmentに所属しているBear Knuckleの「Dong」は、タイ古来のリズムとヒップホップを融合した曲。そうやって自分たちの特徴を押し出しながら、新しいものを取り入れる。そのバランスが大事なのだと思います。
——日本のラッパーだと、日本古来のリズムや音律を取り入れることは少ない気がします。
F.HERO:そんなことはないと思いますよ。たとえばZeebraさん、UZIさんの日本語ラップは他にはないものです。RIP SLYMEのビート、ファッション、パフォーマンスも日本独自だと思いますし、タイのラッパーもかなり影響を受けています。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのアグレッシブなラップも素晴らしいですね。
——日本の音楽にも詳しいですね。
F.HERO:Future Shock(Zeebra、OZROSAURUS、SOUL SCREAMらを擁した国内初のヒップホップ専門メジャーレーベル)と仕事をしていたこともありますから。それに私は子どもの頃からJ-POPやJ-ROCKで育っているんですよ。SPEEDや宇多田ヒカル、LUNA SEAも大好きです。〈心から〜♪〉(と、LUNA SEAの「I for you」を歌い始める)ですね(笑)。m-flo、Perfumeも素晴らしいです。どちらも日本独自のスタイルがあり、非常にユニークでありながら、時間が経過してもまったく古くならない。それはなぜかと言えば、自分たちのルーツを持ち続けながら、しっかりと創造力を発揮しているからだと思います。もちろんEXILEもそう。以前から大ファンです。
——F.HEROさんのラッパーとしてのルーツはどんなアーティストなんですか?
F.HERO:私がヒップホップを知ったのは10歳の頃です。当時はタイ北部の田舎町に住んでいて、音楽の情報がほとんどなく、スヌープ・ドッグやWu-Tang Clanも知らなかった。なので私が最初に聴いたのは、Joey BoyやKhanといったタイのアーティストなんですよ。タイ語の歌詞を書き写して、マネしてラップしたのが私の原点ですね。その後、音楽を本格的に始めて、20歳のときにJoey Boyと仕事をしました。そのときに感じたのは、彼らは都会の出身であり、アメリカのヒップホップからの影響が強いこと。私も当然、アメリカの音楽も聴いていましたが、好きな部分とそうじゃない部分があったので、自分のフィルターを通して取り入れることができた。どちらにもメリットとデメリットがありますが、私はタイ語でラップを始めたことで、早い時期に自分らしさを見つけられたのはよかったと思いますね。