Red Hot Chili Peppersが辿り着いた開放的なバンドマジック ジョン・フルシアンテ復帰作『Unlimited Love』徹底解説

 1983年に結成し、来年で40周年を迎えるRed Hot Chili Peppers。その存在はあまりにも巨大であり、ひと口に「レッチリ」と言ってもそのイメージは話し手によって形を大きく変える。もしかしたら彼らにとって最も象徴的な時代は、ロック史に残る名盤である『Blood Sugar Sex Magik』を生み出した90年代なのかもしれないが、同作が発売された後に生まれた筆者にとってもRed Hot Chili Peppersはスペシャルな存在だ。

 2006年に2枚組の大作である『Stadium Arcadium』がリリースされた時、テレビから流れてきた同作の1stシングル曲「Dani California」の奇妙で、ファンキーで、圧倒されるほどに重厚なロックサウンドに当時中学生だった筆者はすっかり夢中になり、すぐに親に頼んで近くのCDショップに連れて行ってもらい、アルバムを手に入れたのだ。そしてそれは、初めて筆者が自ら「洋楽」の扉を開けた瞬間だった。個人的な思い出話はこの辺に留めておくが、要するにいかなる時代だろうと、これまで海外の音楽に関心を抱いていなかった人々をも瞬く間に魅了するほどの力を彼らは持っているのである。

理想的な形で実現したジョン・フルシアンテの帰還

 長いキャリアを積み重ねてきたロックバンドにとって、メンバーが代わること自体は決して珍しいものではない。だが、どのバンドにもファンにとっての(あるいは本人たちにとっても)ベストなメンバーというものがある(もちろん、ファンによって回答は異なるだろうが)。Red Hot Chili Peppersの場合、アンソニー・キーディス(Vo)、フリー(Ba)、チャド・スミス(Dr)、そしてジョン・フルシアンテ(Gt)を挙げる人が多いだろう。歴代のギタリストはいずれも素晴らしい才能の持ち主だが、ジョン・フルシアンテの感情をギターごと爆発させるかのような圧倒的な表現力や、哀愁を漂わせるメロディセンスは唯一無二のものであり、ロックシーン全体で見ても屈指の人気を誇る存在である。だからこそ、2009年に彼が二度目の脱退を発表した際には、多くのファンに衝撃を与えることになった。

 4月1日にリリースされた12枚目となるアルバム『Unlimited Love』は、冒頭で述べた『Stadium Arcadium』以来、約16年ぶりとなるジョン・フルシアンテ復帰作である。冒頭を飾るリードシングル曲「Black Summer」の哀愁を漂わせながら土台を構築しつつ、阿吽の呼吸で一気にダイナミズムを爆発させるバンドサウンドのカタルシス、そしてシンプルなメロディでありながらもジョンにしかできない、重厚かつ空間ごと震わせるかのような異次元の鳴りを聴かせるギターソロは、まさに長きに渡ってファンが求めていたサウンドに他ならない。そして、全17曲、約73分(国内盤はさらにボーナストラックを1曲収録)という大ボリュームの本作にはそんな瞬間が隅々にまで詰まっているのだ。

Red Hot Chili Peppers - Black Summer (Official Music Video)

 フリーが奏でるヘヴィなベースラインとチャドの地鳴りのようなリズムを起点に、アンソニーとジョンがエモーショナルなメロディやファンキーなラップパートなど様々なアプローチをぶつけていき、キャッチーな楽曲がいつの間にかフリーダムなセッションへと姿を変えていく「Here Ever After」や、ソフトなタッチのファンクソングから突如としてサイケデリックな混沌の渦へと突き落とされる「Whatchu Thinkin'」、名曲「Can't Stop」に代表されるアンソニーの軽快なラップパートとジョンのカッティングリフの絶妙な絡みを再び堪能できる「Poster Child」や「One Way Traffic」、バンドが一体となって弩級のヘヴィネスを炸裂させる「The Heavy Wing」、音色もリズムも縦横無尽に切り替わっていくプログレッシブな「Veronica」など、聴きどころを挙げれば枚挙に暇がない。

Red Hot Chili Peppers - Poster Child (Official Music Video)

 正直なところ、ここまで“レッチリとしてのジョン・フルシアンテ”が帰ってきたことには驚きすら感じるほどだ。というのも、2009年の脱退以来、ジョン・フルシアンテは自身のソロ活動において電子音楽に非常に強く傾倒していたからである。2014年の『PBX Funicular Intaglio Zone』ではエイフェックス・ツインやAutechreを彷彿とさせるようなレフトフィールドなエレクトロニックサウンドを披露し、バンド復帰後となる2020年時点でもブレイクコア界の奇才であるヴェネチアン・スネアズ主宰のレーベル<Timesig>から作品を発表。翌年にはヴェネチアン・スネアズ本人とのユニット Speed Dealer MomsでEPをリリースするなど、その入れ込み具合は本物かつ現在進行系で、完全にロックからは距離を置いていたのだ(補足しておくと、電子音楽好きとしては彼のソロ作品群は非常に独創的かつ魅力的である)。

 だが、今のジョンは自らのクリエイティビティを自由に発揮できる環境を手にしたからこそ、『Unlimited Love』のようなサウンドを奏でることができたのかもしれない。ジョン脱退前の作品である『By the Way』や『Stadium Arcadium』では時折、他のメンバーよりも存在感が際立ち過ぎているように感じられることもあった彼のサウンドだが、今作ではあくまでバンドの一員として均等に各メンバーとぶつかり合い、調和しているような印象を受ける。一方で、今回のアルバムのサウンドはこれまでのどの作品よりも音の響きや空間のデザインが美しく、シンセサイザーの音色がアクセントを添えるスウィートなポップソング「Bastards of Light」や、様々なギターの音色やコーラスなど多くのレイヤーが折り重なる壮大な「The Great Apes」、ディレイやエコーなどのエフェクトを効果的に取り入れた「It's Only Natural」は特に象徴的な楽曲だ。あくまで推測だが、ジョンのソロ活動におけるサウンドデザインへの取り組みが今作の制作に対しても影響を与えているのではないだろうか。まさに見事な、そして理想的な帰還と言えるだろう。

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