『melody of memory - City Pop of Tetsuji Hayashi Selection』インタビュー

林哲司、シティポップ冠した洋楽コンピレーション選曲秘話 世界的ブームについて思うことも

昨今のシティポップブームは「分析しているが、やはり謎」

ーーブラックミュージックつながりでいうと、UKソウル的な楽曲も意外と選ばれていますよね。シャーデーの「ラヴ・イズ・ストロンガー・ザン・プライド」の他、Swing Out Sisterの「ウェイティング・ゲーム」、The Style Councilの「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」もブルー・アイド・ソウルという近いカテゴリになるかもしれません。

林:80年代はソウルに影響を受けているUKのアーティストが多かったですよね。ジョージ・マイケルなんかもそうですけど。彼らのような白人によるソウルっていうのが面白く感じたんです。ソウルのグルーヴの良さと、メロディの確かさが上手くミックスされているんだと思います。

ーー90年代の楽曲が2曲だけ入っていますね。まずはBoyz II Menの「メイク・ラヴ・トゥ・ユー」ですが、Boyz II Menというかベイビーフェイスの曲だからということでしょうか。

林:そうですね。80年代はデイヴィッド・フォスター、90年代はベイビーフェイスっていう印象はあります。両者ともすごいプロデューサー、メロディメイカーだと思いますね。双方のバランスがいい音楽を作っていますね。自分で曲を書くだけでなく既成曲をカバーしてアーティストを目立たせるのも上手い。この曲は使い古された循環コードなんですけれど、本当に力のある人はそれでも良いメロディを書けるんですよ。ベイビーフェイスはそれを見事にやっているし歌い手も素晴らしいので、作家目線だと「やるなあ!」って感じです。

ボーイズIIメン/メイク・ラヴ・トゥ・ユー

ーー90年代だとエルヴィス・コステロの「She」も選ばれていて、そう考えるとこれも他のアーティストの楽曲ですよね。

林:原曲はシャルル・アズナブールが歌っています。でも実は知らなかったんですよ。コステロが書いたと思い込んでいて。あれだけパンクとかやっていた人が、バカラックと一緒にアルバムを作って、そのメロディーメイカーとしてのエッセンスを習得したのかと。成長したなと上から目線で見ていました(笑)。でもオリジナルではないと知って、逆に他人の楽曲をあそこまで自分の作品のように歌うってすごいなと思いました。それはやはり、アーティストの力ですよね。

ーーこうやって曲ごとにセレクトされた理由を聞いていると、やはり作家目線で選ばれているなということを感じますね。僕らとは違う観点で音楽を聴いていらっしゃるように思います。

林:でもね、自戒の念を持って話すんですけれど、若い頃に比べると聴き方が雑になっているって反省しているんです。昔はシングル盤を買ってきてA面だけでなくB面まで、音がチリチリするまで何度も聴き込みましたが、今はサブスクで聴き放題じゃないですか。Twitterを見ていて教えられたことがあって、僕のファンの人で毎日「今日の朝の曲はこれです」って投稿している人がいるんです。それって生活の中に音楽がしっかりと入っているということですよね。だから僕も最近レコードを聴くようになりました。今まであまり聴かなかったレコードを引っ張り出して何回も聴くんですよ。温故知新で再認識するし、なぜこのレコードを持っているのかという理由もきちんとあるんですよね。

ーーちなみに最近お聴きになったレコードはなんですか。

林:クインシー・ジョーンズの『私の考えるジャズ』という初期のソロアルバムです。すごくいいんですよ。あとは、あまり聴いてこなかったルー・リードとかね。この間『ベルリン』を聴いて面白くなっちゃって、ベストアルバムを仕入れて聴き直したりしています。自分が好きなものだけじゃなくて何を選んで聴くか、その作業はとても面白いですね。

ーー『melody of memory』には林さんが選んだ洋楽曲が19曲入っていて、ボーナストラックに土岐麻子さんがカバーする「A Night In New York」が新録されています。

林:全曲をアーカイブだけで構成するのではなくて、過去の作品を焼き直ししてボーナストラックに入れるというのは面白いんじゃないかと思ったんですよね。それで誰にお願いしようかと思ったときに、スタッフから土岐麻子さんの名前が挙がり、願ってもない話だと思いました。以前からすごく注目していたアーティストだし、僕に近いセンスをお持ちだなと思っていましたから。ただ、洋楽曲に混じって土岐さんが入ることで洋楽ファンから敬遠されるんじゃないかってことが心配だったのですが、僕のそんな危惧をふっとばす出来栄えでした。

ーーElbow Bones & The Racketeersのこの曲を選んだのは林さんですか。

林:いや、土岐さんの出してきたいくつかの候補曲にこれがあったんですよ。僕ならこれを選ぶなっていう大好きな曲だったのでお願いしました。それでサウンドをどうしようかと考えたときに、原曲がフルバンドっぽいのもあって、旧友の船山基紀さんにアレンジを頼みました。彼は早稲田大学のハイソサエティ・オーケストラというビッグバンドの出身なんですよ。アレンジも歌も最高だったので自信を持ってボーナストラックに入れられましたね。

ーーこれを聴いちゃうと、このパターンでもっと他の曲も聴いてみたいと思いますね。

林:僕も正直まだあるよなって思っています(笑)。

土岐麻子/ナイト・イン・ニュー・ヨーク

ーーこういう新録曲が入ると、より林さんらしいし、聴く価値があります。

林:選曲や曲順もこだわりましたし、ジャケットのデザインも他のコンピレーションと差別化したつもりです。女性が持っていても違和感がないようなおしゃれなデザインにしたいとリクエストしたら、本当に的確なイラストとデザインになりましたから。

ーーアルバムタイトルに“CITY POP”という言葉が入っていますが、林さんは昨今のシティポップブームをどのように感じていらっしゃいますか。

林:正直まったくわからないんです。わからなくて逆に背中を押されている感覚がありますね。自分なりに分析はしているんですが、やはり謎です。それほど爆発的なブームでもないし、だからこそ長続きしているのかなと。僕自身はシティポップの作曲家だとは思ってなくて、歌謡曲も作るしクラシックもやっている。でも、自分が作っている音楽には都会的なニュアンスがあるのは自覚しているので、リスナーの方がそこを感じてくれているのかなっていう気はします。

ーー過去の音源の掘り起こしもありますが、リアルタイムで知らない若いミュージシャンたちがシティポップに影響された音楽をやっていることに関しては、どう感じられていますか。

林:人の手によって作られた音楽だというのは大きいかもしれないですね。この間、YOASOBIさんのドキュメンタリー(『情熱大陸』)を観ていたのですが、パソコンだけであれだけの音楽が作れる時代じゃないですか。それはそれで素晴らしいことなんですが、一方で何人もの人たちがスタジオに集まって、ああでもないこうでもないと言いながら作り上げる音楽の良さもある。あと、シティポップが海外でウケていることは先ほども言った通り長らく謎だったんですが、もしかすると欧米の人にはないメロディの細やかさとか哀愁感っていうのが大きいのかもしれません。中間色というか、ただの青ではなくてブルーグレーやスカイブルーだとか。そのあたりの日本人特有の機微のようなものが、カオスになっている時代に響くのかもしれない。

ーーいつの時代にも普遍的ないい音楽として聴けるからということもあると思います。林さんがセレクトした洋楽も、時代を超えた良さがあると感じました。

林:それはすごく感じますね。結論めいたことをいってしまうけれど、その普遍的な良さというのはメロディだと思うんですよ。松原みきさんのディレクターだった金子陽彦さんが、“ミスターメロディ”って名付けてくれたんですが、僕自身の特筆すべき点はやっぱりメロディなんだと思います。特に最近はラップがチャートの主流でメロディがパーツをコラージュしたような音楽が多いから、反動で口ずさめるメロディが求められているというのはあるかもしれないですね。

『melody of memory - City Pop of Tetsuji Hayashi Selection』

■リリース情報
『melody of memory - City Pop of Tetsuji Hayashi Selection』
2021年12月22日(水)発売
UICO-4063 / ¥2,750 (tax incl.) / 1CD
解説:林哲司
曲解説:小渕晃
歌詞付
紙ジャケット仕様

<収録曲>
01. ブレンダ・ラッセル/ピアノ・イン・ザ・ダーク
02. ボズ・スキャッグス/ジョジョ
03. クラシックス・フォー/トレーセス
04. スウィング・アウト・シスター/ウェイティング・ゲーム
05. ボーイズIIメン/メイク・ラヴ・トゥ・ユー
06. シルヴァーズ/二人のホット・ライン
07. デバージ/ドナは今
08. グラス・ルーツ/恋は二人のハーモニー
09. シャーデー/ラヴ・イズ・ストロンガー・ザン・プライド
10. ザ・スタイル・カウンシル/マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ
11. sae/She
12. スティーヴィー・ワンダー/マイ・シェリー・アモール
13. プレイヤー/ベイビー・カム・バック
14. 10cc/アイム・ノット・イン・ラヴ
15. スティーヴン・ビショップ/オン・アンド・オンピーター・アレン/フライ・アウェイ
16. ピーター・アレン/フライ・アウェイ
17. シルヴァー/ミュージシャン
18. ダスティ・スプリングフィールド/恋の面影
19. マイケル・ジャクソン/想い出の一日
20. 土岐麻子/ナイト・イン・ニュー・ヨーク

■関連リンク
林哲司 Official Website
林哲司/サムライ・ミュージック Twitter 公式アカウント

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