『日本映画音楽の巨匠たち』インタビュー

映画の新たな楽しみ方を発見 竹本泰蔵×CHIAKi×松下久昭が語る『日本映画音楽の巨匠たち』の魅力

作曲家のチャレンジ精神が表れた、時代を反映した楽器編成

ーー次に、黒澤映画の楽曲が多いのは、やはり日本映画の代表というところでしょうか。

松下:特に海外での評価が高いというのもあります。先ほどお話しをした、東宝さんの倉庫から見つかったのが『赤ひげ』の楽譜で、段ボールから、いろいろな楽譜が出て来たんですけど、その中でも比較的ちゃんと残っていたのがこの曲です。

竹本:黒澤映画の音楽は、色彩感がすごい。僕らが想像を絶するようなところに、いろいろなものがあって、スコアを見るたびに驚かされました。

ーー「赤ひげ」は、ベートーベンの「歓喜の歌」をイメージされているとか。

松下:黒澤監督が作曲の佐藤勝さんに、そういう注文をしたらしいです。

竹本:でも「赤ひげ」は、ベートーベンと言いながら、実は結構ブラームスのシンフォニーにも似ているんです。オケの団員にもそんな話をしながら、音を作っていったのは楽しかったです。また「乱」は、個人的にリアルタイムで映画を見ていたこともあって、演奏できたのはとても感慨深かったです。特に組曲になっている最後の「Ⅳ」が使われているシーンは、SEや効果音が一切なく音楽だけで表現されるんです。光が出た時は光をイメージしたサウンドになり、陰になった時はそういうサウンドに、女官が殺される悲しいシーンは空気が流れるようなサウンドになります。武満徹さんのすごさが表れた曲で、何十回でも演奏したい曲です!

CHIAKi:「乱」は、ピアノを弾くところがすごく少なく、途中と最後にちょっと出てくるだけみたいな感じです。武満さんの曲には多いと思うのですが、楽譜上では何拍子と書かれているんですけど、例えば「Ⅰ」だと、これを何秒弾いて、何秒経ったらこれに変わるといった指示になっていて。映画の間とか尺を大事にして、曲を作られていたことが分かります。

ーーピアノが出てこないところは、ジッと待っているんですよね。

CHIAKi:はい。でも待っている時間があまり長いと、どこを演奏しているのか分からなくなってしまって(笑)。間違えると丸わかりになってしまうので、数え間違えないようにすごく聴き込んで体に染みこませてから録音に臨みました。

ーーまた、『男がつらいよ』の「メインタイトル」は、もともと渥美清さんの歌がある曲をインストで表現しています。

竹本:作曲の山本直純さんとは、何度もご一緒させていただきましたけど、本当にサービス精神旺盛な方で、その場でどんどんアレンジを加えたりするので、この「寅さん」の曲もバージョンが何種類もあるんです。

松下:今回ご遺族から提供していただいた楽譜と、管理会社が持っているものとを付き合わせたら違っていて、どちらを使ったらいいのかマスタリング当日まで迷いました。それに、譜面も結構版によって違っているところがあって(笑)。

竹本:そこが直純さんらしいなと思います(笑)。あとこの曲には、有名な“謎の四小節”があって。本来はイントロが終わってすぐ歌が始まるんですけど、映画では「私生まれも育ちも葛飾柴又~人呼んでフーテンの寅と発します」という口上が入っていて、そこが“謎の四小節”と呼ばれています。その四小節がなぜ生まれたかと言うと……渥美さんは森繁久弥さんのことをとても慕っていて、森繁さんも渥美さんに目をかけていらして、それもあってか渥美さんの声が森繁さんにそっくりで、何度歌っても渥美さんらしさが出なかったそうなんです。そこで直純さんがこれではダメだということで、その場で例の口上を書いて渥美さんにしゃべらせ、渥美さんらしさが出たところで、そのままの歌い続けさせたという話があります。今回はその四小節もしっかり入っています。

ーー『銀嶺の果て』『ゴジラ』『空の大怪獣ラドン』『キングコング対ゴジラ』『怪獣大戦争』『怪獣総進撃』といった映画の、伊福部昭さんの楽曲を収録しています。演奏面で、CHIAKiさんが印象に残っているものはありますか?

CHIAKi

CHIAKi:『銀嶺の果て』の「メインタイトル」なんですけど、猫パンチをするような弾き方を多用していて(笑)。いわゆるクラスター奏法というもので、拳や肘で鍵盤をガンガン叩くんです。普段クラシックでは、そういう奏法を使うことはほとんどないので、とても新鮮でした。今回監修してくださっている藤田(崇文)さんが、第2ピアノでこの曲に加わってくださったのですが、私の隣ですごく迫力があるクラスター奏法をしていて、「こんなにやっていいんだ!」と驚かされました(笑)。

ーー楽譜に奏法の指示が書かれていて。

CHIAKi:はい。グジャグジャっとした記号みたいなものがあって、音符の代わりにそれが書かれているんです。

竹本:同じグジャグジャでもどの音域を使うかでニュアンスが変わるので、そこは藤田先生を含めて皆さんで相談しながら、どれが一番相応しいか考えました。

ーー伊福部さんと言えば『ゴジラ』で、「メインタイトル」や「マーチ」などは『シン・ゴジラ』でも使われていて、世代を超えて有名です。

竹本:皆さんご存じの、♪ジャジャジャンジャジャジャンという「メインタイトル」は、実は演奏がとても難しく、一定のテンポをキープするのが大変です。きっと曲の持つ高揚感などにあおられて、つい速くなってしまうのだと思います。意識していないとテンポを保てないので、僕自身も指揮棒を振りながら何度もメトロノームを確認しました。

CHIAKi:楽譜自体はそれほど難しくなく、だいたい同じことを繰り返すのですが、“行け行けドンドン”みたいな気持ちになってしまうんです。でもいい意味で冷静なテンポと言うか、このテンポでなければきっと映画の良さを引き立てられないのかなと思います。抑えるということでもなく、でも前には進まない。そういう微妙なバランスが必要で、自分も冷静さを失わないように気をつけながら演奏しました。

ーー「怪獣総進撃」には、宇宙船っぽいシンセのような音も入っているのがポイントですね。

松下:楽器編成もスコアに書かれている通り再現しているのですが、この音は当時エレクトーンを使っていました。今回はエレクトーンを録音会場へ搬入することが厳しかったので、シンセサイザーで近い音色を入れています。以前に同じシリーズで、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を収録した時は、YAMAHA DX7というシンセサイザーを4台使うという指示が書かれていて。DX7は製造中止になっていたので、楽器レンタルの会社などいくつも回って、何とかかき集めて録音することができたということがありました。映画音楽が面白いのは、その時代に流行った楽器を使っているところにもありますね。

竹本:1930年代にハモンドオルガンB-3が出た当時は、あらゆる映画音楽にハモンドオルガンが使われていました。「この音を使ってやろう!」という、チャレンジ精神みたいなものが、作曲家の中にすごくあったのだと思います。

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