羊文学、誠実な表現で磁場を広げた2020年 1stアルバム『POWERS』に至るまでの歩み

 LIQUIDROOM公演を含むワンマンツアー『まばたき』を満員で終え、2月頭にはEP『ざわめき』をリリース。“人”に対する思索を歌ったような「人間だった」が新味を感じさせるなど、新鮮な気分を含んだ楽曲は大いに話題を呼んでいた。そんな視界良好とも言える中で始まった羊文学の2020年は、コロナ禍という苦難の中でも、誠実な表現で1歩1歩その磁場を広げていったように思う。

 7月に行ったオンラインツアー『羊文学 online tour “優しさについて”』では、羊文学がかねてからホームとしてきた下北沢BASEMENTBRを中心に、そこに所縁のある調布Cross、下北沢LIVE HAUSと、都内3カ所のライブハウスを回る形でツアーを開始。映像監督や照明スタッフも彼女達や会場スタッフとも親交のある人物で固めるなど、気の置けない仲間と共に音を鳴らす喜びを分かち合っていたように思う。それは苦境に立たされるライブハウスへのエールでもあり、自身らの大切なものを再確認する時間でもあったのだろう。

「step」@LIVE HAUS

 そのツアーを終えた翌日には、12月にSuchmosも所属する<F.C.L.S.>からメジャーデビューをすることをアナウンス。メンバー3人の眩しい表情が映ったアーティスト写真からは、明るい未来が透けて見えた気がした。

 その2日後には先行楽曲として『砂漠のきみへ / Girls』をリリース。前者は孤独を癒すメッセージが、繊細なタッチの8ビートと、柔らかくも解放感のあるアンサンブルに乗った佳曲である。愛と表裏一体の痛みを、激しいオルタナティブロックに乗せた後者とは対照的で、羊文学が持つ愛情と激情が端的に示されたシングルだった。

羊文学「砂漠のきみへ」Official Music Video

 また、自身らの楽曲をリリースする傍ら、ボーカルの塩塚モエカは様々なプロジェクトに客演として参加。Ryu Matsuyamaの「愛して、愛され」に始まり、TOKYO HEALTH CLUBの「リピート」にもフィーチャリングで名を連ね、6月には君島大空とのコラボで七尾旅人の「サーカスナイト」をカバー。8月にはASIAN KUNG-FU GENERATIONのニューシングル「触れたい 確かめたい」にもゲストボーカルで参加し、12月には蓮沼執太フィルの「HOLIDAY」にも招かれるなど、彼女の歌声はまさしくシーンの垣根を越えて浸透していった。

 さて、2018年の『若者たちへ』以降のタームで見れば、羊文学の音楽を形作るキーワードは、“さりげない思いやり”や“無理しなくていい”というメッセージだろう。それは塩塚モエカが音を鳴らす動機として潜在的にあったものかもしれないし、より大きな舞台へと飛び出していく中で、確固たるものになっていった価値観でもあるのかもしれない。いずれにせよ羊文学は、自身らが持つメッセージ性やアイデンティティを、作品の中で徐々に前景化させてきたように思う。

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