ジャスティン・ビーバーと信仰の関係性(3) ヒルソング教会が抱える問題と今後の行く末

ヒルソング教会が抱える問題と、ジャスティンと「信仰」の行く末

 さて、前述の解説の中で、ヒルソング教会は福音派・ペンテコステ派であると記載したが、それはつまり、同教会が政治的に保守的になるのではないかということを示唆している。大統領選でもテイラー・スウィフトやカーディ・Bがリベラル的立場で積極的に意見を発信していたように、現代のポップカルチャー、特に米国においてはミュージシャンがどのような政治的スタンスを取るかが非常に重要であり、場合によってはキャリア自体を揺るがしかねない。だが、例えば多様な性への向き合い方、人工妊娠中絶についての議論などは、単純な個々人の考え以上に、キリスト教に対する信仰の向き合い方が影響してくる。前述の分類の通り、「信仰の結果としての保守的な思考」というのは大いに有り得るし、決して珍しいものではない。

 だが、ジャスティンは「自分が信心深いとは思っていない」と考えており、イエスの物語は信じるが、宗教的なエリート主義や服装などの規律については興味を示してはいないようで、さらに「宗教がこれまで行ってきたことや不正について、擁護する人にはなりたくない」とも語っている(参照)。あくまで、自分なりの信仰の在り方を持っており、ヒルソング教会のスタンスとは若干異なっているように見受けられる。

 2018年、ジャスティンは、クイアなコミュニティを受け入れる教会を見つけるのに苦労していると打ち明けたファンと一緒にヒルソング教会の礼拝に参加していた。元々カトリックだったそのファンは、クイアであるが故に教会から追い出されてしまったという。ジャスティンは、そのファンに対して「ヒルソング教会は君のようなコミュニティの人々も受け入れているよ。いつでも歓迎する」と優しく慰めていたのである(参照)。

 だが、ヒルソング教会のスタンスは実は必ずしも全面的に歓迎というわけではない。教会は、「唯一の合法的で神聖な性的関係は、結婚している異性のカップル間のものである」と公式に主張しているのだ。また、2015年のブログの投稿において「ヒルソング教会は全ての人を歓迎しますが、全てのライフスタイルを肯定するものではありません。はっきりと言えば、私達はゲイのライフスタイルを肯定していませんし、そのため、有給・無給を問わず、故意に積極的なゲイの人たちを指導者の立場に置いていません」と明言している(参照)。

 一方で、完全に拒絶しているかというとそうではなく、あくまで集会の中ではLGBTQの10代の若者に対して同情するような態度を取っており、そこには若い世代へアプローチをするべきというビジネス的思想と、福音派としての原理主義的な思想が混同しているように見受けられる(参照)(ちなみに福音派であるからといって、必ずしも反対というわけではない。割合こそ他の宗教と比較して多くはなるものの、例えば2020年の調査では、白人プロテスタント福音派の3分の1が同性婚を支持している(参照)。

 また、カニエ・ウェストが保守層を中心に広がっている陰謀論を支持していることでも話題となった(参照)、ワクチンを巡る議論についても、ジャスティンは肯定派であるようだ。日本時間6月27日に非営利団体「Global Citizen」が主催する新型コロナウイルスのワクチン開発と公正な分配のための資金調達を目的としたイベント「Global Goal: Unite for Our Future」にジャスティンが出演し、ラッパーのQuavoと共に、『changes』に収録されたヒット曲、『Intentions』を披露している。

Justin Bieber - Intentions (Official Video (Short Version)) ft. Quavo

 一方で、人工妊娠中絶問題については、「信じられない。それって赤ちゃんを殺しているみたいじゃないか?」という発言が有名(参照)だが、これは彼が16歳の頃の話であり、現在の彼がどのように考えているかは不明だ。

 とはいえ、ヒルソング教会のLGBTQに対するスタンスは、度々議論の対象にもなっている。2019年、同教会に通う俳優のクリス・プラットが、自身が通う教会が反LGBTQであることを俳優のエリオット・ペイジなどに批判され、大きなバッシングを受けるという出来事があった。この時、特にクリス側からは反応が無く、やがてこの議論は収束していったが、先日、映画『アベンジャーズ』のキャストが集まったジョー・バイデン大統領候補(当時)への募金活動に彼が参加しなかったことで、再び議論が再燃している(参照)。この矛先が、今度はジャスティンに向かう可能性は非常に高いと考えて良いだろう。

 さらに、実はジャスティンの復活のきっかけとなったカール牧師は、先日、ヒルソング教会を解雇されている。その理由について、ヒルソング教会の創設者であるブライアン・ヒューストンは「指導者としての問題や信頼関係の破たん、さらに最近明らかになった道徳的な失敗についての議論が続いていたため」と語っていたのだが、レンツ牧師は、それを受けて、自身のInstagramでヒルソング教会での日々を回想するのと併せて、「結婚生活での不貞」が解雇の理由であると告白している(参照)。現時点でジャスティン側は特にコメントを寄せていないが、信仰に基づいて現在の生活に辿り着いた彼にとって、最も信頼出来る人物の一人がこのような行動を取っていたという事実は、極めてショッキングなものであることは容易に想像出来るだろう。

 ヒルソング教会のおかげで立ち直ることに成功し、現在は穏やかで、そしてクリエイティビティに満ちた時間を過ごしているジャスティンだが、その穏やかな時間がいつまで続くのかと考えると、もしかしたらそう長くはないのかもしれない。ある時、自らの信仰と、自らのファンの間で板挟みになる日が来ることもあるだろう。しかし、今のジャスティンは、ビリー・アイリッシュなど様々な若いアーティストにとっての指針でもある。何より、デビューから12年を経て、ようやく過去の自分が苦しんでいた「孤独」と向き合うことが出来た彼は、今度はその辛い経験を共有することで、多くのファンを勇気付けようとしている。「Holy」で自らが信仰を取り戻し、ヘイリーと出会うことが出来た「今の」喜びを表現し、「Lonely」でようやく過去の自分を素直に見つめることが出来るようになった今、ジャスティン・ビーバーはどこにでも進むことが出来る。そんな"new era=新しい時代"の中で、彼は果たしてどの道を選ぶのだろうか。

■ノイ村
海外のポップ/ダンスミュージックを中心に愛聴。普段は一般企業に勤めているが、SNSやブログにおけるシーン全体を俯瞰する視点などが評価され、2019年よりライターとしての活動を開始。
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