秦 基博、『おちょやん』主題歌最速レビュー 日本の朝に温かく寄り添う「泣き笑いのエピソード」

 拍子木の音と「とざいとーざい」という掛け声が響き、メインキャスト勢ぞろいの前口上から物語は始まった。ファンキーな河内弁の応酬とボケ&ツッコミの丁々発止。ハイテンションなドタバタコメディの幕が開くーーそんな舞台を軽くクールダウンさせるように秦の声が聴こえてきた。あ、「泣き笑いのエピソード」、こんなふうに聴こえてくるんだ。

 まず一聴、秦はこの曲、日本中の人が朝の時間帯に耳にすることを想定して作ったに違いない。日本の朝に提示するのは、どんな曲で、どんなサウンドであるべきか。それを考慮して作られた跡が楽曲のそこかしこに感じられる。

 やわらかなチャイムのような冒頭のエレピのコード感、そこから間髪入れず入ってくるやさしい声。テンポはアッパーでもなくスロウでもなく、そっと背中を押すようなミドルテンポ。少ない音数から楽器が重なり、気が付けばにぎやかなアンサンブルを作っていく展開も、まさに寝起きのボンヤリから意識が次第に目覚めていく朝のルーティンに寄り添うものである。

 寄り添うという意味では、これまで通りドラマに対する配慮も効いている。そもそもタイトルに含まれる“泣き笑い”自体、喜劇女優として活躍するヒロイン・竹井千代を象徴する言葉であり、〈笑顔をあきらめたくないよ 転んでも ただでは起きない そう 強くなれる〉というサビのフレーズは奮闘する彼女に向けたエールのようにも聞き取れる。さらにそうした泣き笑いに具体的なイメージを与えるため、「笑い=〈オレンジのクレヨンで描いた太陽〉」「泣き=〈涙色したブルー〉」とパッとまぶたに浮かぶような色彩的なフレーズを入れてくるあたり、ホントうまいなぁというか、「ひまわりの約束」に負けない絶妙なツカミである。

 また、サウンド面でもう一歩突っ込むと、この曲のアレンジではフルートやホルン、ピッコロといった木管楽器が大きくフィーチャーされている。アコースティック楽器の上で踊る木管の旋律は明朗で、さわやかで、朝の時間帯に聴きたい音像がきっちりデザインされている。本作のサウンドプロデュースは『コペルニクス』から引き続き、秦とトオミ ヨウが共同で務めているが、『コペルニクス』が“アコースティック×ストリングス”を基調としたのに対し、今作が“アコースティック×木管”となったのは2人のコラボレーションが新段階に突入したようで、これまた興味深いものがある。

 これまで多くの映画&ドラマ主題歌を経験した秦であるが、ほぼ毎日にわたって半年間も楽曲が流れ続けるのはこれが初となる。千代を演じる杉咲花とのシンクロによって、この曲の聴こえ方もこれから変わってくるだろう。

 まだ不安が拭い去られたわけではない日本の朝に、「泣き笑いのエピソード」は流れ始めた。そういえば〈笑顔をあきらめたくないよ〉とか〈転んでも ただでは起きない〉とか、歌詞は千代をイメージして書いたと思ってきたが、見方を変えると今を生きる日本人全体に向けて歌われているようにも解釈できる。果たして秦はそこまで考えてこの曲を作ったのか。二段構え、三段構えもお手のものの彼だけに、そうだとしても私は驚かない。

 しかし、千代の子供時代を演じる毎田暖乃のドスの効いた河内弁と、杉咲花の眉間のシワはよかったなぁ。『おちょやん』、期待できそうじゃないですか......!

 とにかく、明日がちょっと楽しみになっただけで、なんだかとてもいい気分の朝である。

[おちょやん] 主題歌|秦 基博「泣き笑いのエピソード」 | タイトルバック | NHK

■清水浩司
広島の文章屋。現在、広島FMで『ホントーBOYSの文化系クリエイター会議』(毎週金曜10:30~11:00)やってます。

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