東京事変、貫禄の演奏と魅惑の歌声で聴かせた“新たなトライアル” 無観客でも“共感のサイン”交わし合った充実の配信ライブ
この春、8年ぶりに“再生”した東京事変が予定していたツアー『東京事変 Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ』は新型コロナウイルス感染拡大を受けほとんどの公演開催を断念。3月にそれを告知した際に「後日、代替えに値するような公演を行うことを目指し、メンバー、スタッフ共々鋭意努力しております」とアナウンスしたものが、9月5日に実現した。
それは、7月24日にNHKホールで行われた無観客ライブを収録した映像を『東京事変2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ』と題して、全国70カ所以上の映画館での上映と、PIA LIVE STREAM、ZAIKO、WOWOWメンバーズオンデマンドでの一斉同時配信で見ることができるというもの。ライブ配信は日常的なものになりつつあるが、国内では6月のサザンオールスターズと肩を並べるビッグスケールではないかと思う。
19時ちょうどに配信はスタート。ステージ後方にデジタルなCGが流れ、オープニングナンバー「新しい文明開化」がスタートすると「永遠の不在証明」MVのプロローグと同じ白いエリザベスカラーに、それぞれの色合いのローブを着た5人が現れた。背中に白い孔雀の羽を広げてセンターに立つのは椎名林檎。5人を捉えたカメラがグウッと引いていくと誰もいない客席が見えてくる。その客席に向かって椎名は歌いながら、ツアーグッズとして販売している手旗を振った。一瞬なんとも言えない表情をしたように見えたが、大きく振られる手旗はそこにいるはずの人たち、これを様々な場所で見ている人たちへの共感のサインだった。
椎名林檎のライブも東京事変のライブも、ありきたりの観客への呼びかけや掛け合いなどしないが、その代わりに手旗を振り共感のサインを送り合うのが流儀。自宅や映画館で見ている人たちは一緒に手旗を振ったに違いない。バンドの演奏も徐々に熱を帯びていき、「群青日和」でギターを弾いた椎名は最後に客席に向かってピックを投げた。
私はこのツアーで唯一開催された東京・国際フォーラムの1日目(2月29日)を見たのだが、あの時の鬼気迫る緊張感に満ちたライブを思い出すと、この公演は腹を括った強さに貫かれていた。セットリストも衣装も曲に合わせて流れるCGも、すべてツアーのためにしつらえたものをそのまま使っていたから、ツアーの延長にある公演を通常と違うシステムで楽しんでいただく、というコンセプトなのは明快だ。無観客という点を除けば、彼らのライブにプラスもマイナスもない。ステージに立って演奏するという行為をニュートラルな姿勢で真摯に行う。そんな潔さが生む強さだ。
5人が揃いのロングガウンに衣装を変えた「某都民」は、浮雲らのコーラスが生き、亀田誠治のベースが唸る。浮雲がリードを歌う「選ばれざる国民」は多彩な面々が集まっているバンドの懐の深さを感じさせる曲だ。伊澤一葉がジャジーなピアノと歌を聴かせる「絶体絶命」では、椎名が「師匠」と色っぽく呼びかけ、亀田のソロが光る。それぞれの楽器の鳴りが広いステージを埋め、カメラがクローズアップする表情や手元には言外の存在感がある。
椎名のソロライブはゴージャスなセットやダンサーが入るなどエンターテインメントを極めた表現になるが、東京事変は背景のスクリーンぐらいしか使わずバンドそのものを見せていく。8年の間に一段と存在感を増したメンバーたちは、結成当初に見せたようなコミカルな動きといったギミックはなく、どっしり構えた演奏で圧倒する。それぞれ幅広く活動している5人だが、東京事変として結集すると独特の一体感を醸し出すようだ。曲が進むほどにそんな手応えを強く感じた。
椎名が赤いハットを手に歌った「永遠の不在証明」がステージの流れにちょっとした句読点を打ち、後ろのスクリーンに並ぶニュース報道のような映像がフェイクなのかリアルなのか問いかけてくる中、「絶体絶命」「修羅場」が続く。ギターや鍵盤を弾く手元、叩かれるタンバリンをアップにする映像さえリアルなのかなどと思ってしまう。そんな問いかけがこのステージには仕込まれているようだ。
椎名が歌いながらガウンを脱ぎ捨て白いブラウスとスカート姿になった「能動的三分間」からほどよい緊張感を保ちながらステージは一段と熱を帯びていった。手旗を振りながら目を閉じスキャットする椎名をバンドのコーラスが追いかける。刄田綴色のドラムが繋いだ「電波通信」で椎名が前に向けてピックを持った手を伸ばすと照明が空の客席を舐めたが、空席であることはもうあまり気にならない。そこにいるはずの人たちとは、時空を超えて繋がっているはずだから。