鹿乃×MONACA 田中秀和、アルバム『yuanfen』対談 “死”と向き合い明確になった今伝えたいこと

 ニコニコ動画の歌い手としてインターネットを通して人気を集め、2015年以降はメジャーに活動の場を移して活動を続けてきたアーティスト、鹿乃。彼女が2018年の3rdアルバム『rye』以来となる約2年ぶりの最新オリジナルアルバム『yuanfen』を完成させた。

 この作品では、2017年のシングル曲「day by day」を皮切りに、「Linaria Girl」や「CAFUNÉ」でタッグを組んできた人気作曲家・田中秀和(MONACA)が全編のサウンドプロデュースを担当。彼が声をかけた様々なアレンジャーとの相乗効果も加えながら、鹿乃の歌声とサウンドが、楽曲ごとにカラフルな風景を見せてくれるポップアルバムに仕上がっている。その制作風景について、彼女と田中秀和氏に話を聞いた。(杉山仁)

「“これが音楽に恋する感覚なんだ”と感じた」(鹿乃)

――鹿乃さんと田中さんとが最初にお仕事をしたのは、2ndアルバム『アルストロメリア』に収録された4thシングル曲「day by day」ですね。まずはそのときのことを思い出していただけますか?

【MV】 鹿乃 「day by day」(short ver.) 【OFFICIAL】

鹿乃:私はもともと田中さんの音楽のファンだったので、当時は緊張しすぎていて、実はあまり記憶に残っていないんですよ……(笑)。

田中秀和(以下、田中):(笑)。あのときは、鹿乃さんの方から「楽曲をお願いしたいです」とお話をいただいて。それまでにお会いしたことはなかったのですが、そのときに鹿乃さんから僕の楽曲を好きで聴いていただいていることを話してもらったのを覚えています。 

鹿乃:その当時、私は田中さんが手掛けられた『ハナヤマタ』のOPテーマ「花ハ踊レヤいろはにほ」が特に好きで。私は普段、ボカロPさんと楽曲をつくることが多いですが、田中さんはプロデュースにとても慣れている方で、ディレクションを言葉で伝えるのがお上手で。レコーディングがスムーズだったのも印象的でした。

ハナヤマタ OPテーマ「花ハ踊レヤいろはにほ」(short ver.)

田中:べた褒めじゃないですか(笑)。当時、鹿乃さんが「あまりレコーディングに外部の方は入れたくない」という話をされていて。なので、僕としては、歌録りで立ち会わせていただく際に、結構緊張して行ったと思います。「ナイーブな方なのかな?」と(笑)。

鹿乃:あははは。

田中:もちろん、実際に会ってみたら全然違いましたし、最初からすごくウェルカムな雰囲気で、とてもやりやすかったのを覚えていますね。

――そのすぐ後に、同じく『アルストロメリア』に収録されたアルバム曲「Linaria Girl」で、ふたたび田中さんが楽曲提供されました。

「Linaria Girl」

鹿乃:あの曲は、「田中さんが好きな雰囲気のアレンジで」というお話をして、ブラジル音楽の要素が入ったアレンジにしていただきました。

田中:「day by day」は『ソード・オラトリア ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝』のEDテーマとして作品に寄り添う必要がありましたけど、「Linaria Girl」はアルバム用の曲だったので、とても自由につくらせていただいたんです。

――ブラジル音楽っぽい要素もありつつ、渋谷系のようなメロディも印象的でした。

鹿乃:もしかしたら、「day by day」のときに私が「渋谷系が好き」と話していたのを、田中さんが覚えてくださっていたのかもしれないです。

田中:確かに、直接聞いていたと思います。それに、僕自身ももともと渋谷系が好きでルーツのひとつのようになっているので、僕がつくるものにも自然にそういう要素が入ってくる、という部分もあったはずです。「Linaria Girl」に関しては、レコーディングの際に鹿乃さんの歌い方を「ウィスパーボイスっぽい雰囲気で」とお願いして、そのウィスパー感が渋谷系にも繋がっているような気がしますね。

鹿乃:私は、「Linaria Girl」のときに、「これが音楽に恋する感覚なんだ」と感じたんです。「すごく好き」という感覚はもちろんずっとありましたけど、周りの方に「音楽に恋する瞬間がある」という話をされていても、私自身はなかなか感じたことがなくて。その感覚が分かったような気がしました。

――その経験が、鹿乃さんにとってすごく大きなものだったんですね。

鹿乃:そうなんです。これは今回のアルバムにも繋がる話なんですけど、「自分の音楽をつくりたい」と考えたときに、まっさきに浮かんだのが「Linaria Girl」だったんですよ。

――お2人は、お互いにミュージシャンとしてどういう魅力を感じていますか?

田中:今回、鹿乃さんの表現者としての魅力を、レコーディング現場でより身近に感じることができたんですが、「とても器用な方なんだな」と改めて感じました。同時に、すごく色々な表現の引き出しをもっていて、声の魅力もあって、「ただ器用なだけじゃない」という魅力がある方でもあって。言葉にするのが難しいんですが、鹿乃さんにしかない不器用な部分も含めて、それを魅力として表現できる方だと思いました。器用な方はたくさんいらっしゃると思うんですよ。でも、自分の中のどうにもならない芯の部分も見せながら色々な表現ができる方って、少ないと思います。今回の制作で、歌唱や短期間で歌詞をたくさん書いてくださった中で「そういう方なんだな」ということをより感じました。素晴らしい表現者だな、と改めて思いました。

田中秀和

――田中さんから見た、鹿乃さんの歌詞の魅力はどういうものなんでしょう?

田中:今回より感じたのですが、いわゆる職業作家的なテクニカルな部分がすごく見えた印象があって。でも、それが自分自身と切り離されている言葉ではない、すべてが鹿乃さんから出てきたと感じられる言葉になっているところが魅力的だと思います。

――シンガーソングライター的でもありつつ、同時に作家的にテクニカルな側面も持ち合わせている、と。

田中:そうですね。毎回歌詞を見るたびに、「いい歌詞だなぁ」と思っていました。

鹿乃:私は、今回田中さんたちとアルバムを制作させていただく中で、自分自身の考え方が変わっていった部分がありました。編曲してくださった方も含めて、みなさんそれぞれのプライドのようなものが感じられて、「仕事を真剣にやるってかっこいいな」と思ったんです。私は自分のことを「まだ歌手になれていない」と思っているんですけど、今回、改めて「歌に真摯に向き合っていきたいな」と思いました。

――実際は、鹿乃さんは歌手として活躍されているわけですから、「まだ歌手になれていない」というのは、鹿乃さんの人柄がよく伝わる部分なのかもしれません。

鹿乃:私が憧れてきた歌手の方って、とてもキラキラしていて、パワーがすごい方ばかりで。でも、今の私って、まだまだ周りの方々に押していただいていると思っているんです。なので、いつか私が引っ張っていけるような存在になっていけたらいいな、と思っています。

――鹿乃さんは鹿乃さんで、目標が高いということですよね。

鹿乃:でも、正直にお話すると、今回のアルバムをつくる前に、マネージャーさんや事務所の社長さんに、「音楽を辞めようかな」という話をしていたんです。メジャーレーベルで音楽活動ができるようになって、目標としていたことを達成してしまったときに、次にどうしていいのか分からなくなってしまって。もともと、「自分には個性がない」と悩んだりもしていたし、このまま音楽を続けていて、「何かになれるのか」「何かをつくれるのか」と、考えてしまっていました。そんなときに、「それでも音楽が好き」「自分の音楽を見つけたい」と思って、周りの方々にも励ましていただいて、もう一度頑張ってみようと思ってつくったのが、今回のアルバムでした。なので、今回は「もうちょっとわがままになってみよう!」と思ったんです(笑)。そこで、「アルバム本編を全部田中さんに書いてもらえないですか?」とリクエストしたのが、『yuanfen』のはじまりでした。

――なるほど。自分の好きな音楽にまっすぐ向かっていこうと思ったんですね。

鹿乃:私の1stシングルを担当してくださって、以降もずっと曲をつくってくださると思っていたsamfreeさん(2015年に逝去)のお墓参りに行ったときに、電車の中でこのアルバムの話をしていて。私だっていつ亡くなってしまうか分からないですし、「鹿乃の死」というのは、私が諦めた瞬間のことなので、10周年に際してアルバムとして、後悔のない作品をつくりたいと思っていました。今後10年続けていくときに、「この作品をつくれたんだから、何があっても頑張れる」というものになればいいなと思って、「Linaria Girl」のときに感じた気持ちが忘れられなかったので、田中さんにお願いすることにしました。

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