『Asteroid and Butterfly』インタビュー

矢野顕子×上妻宏光インタビュー “やのとあがつま”だからこそできた「民謡」を「ポップス」へ昇華する豊かな表現

「他にはないメロディ」や「他にはないグルーヴ」を伝えられたら

ーーそして、矢野さんの故郷・青森の「弥三郎節」(津軽民謡)へと再び戻ります。矢野さんの津軽弁が気持ちいいですね。

矢野:津軽弁はすんなり出てきましたね。家の中では標準語だったんですが、周りはもちろん津軽弁、青森の言葉の中にいましたから。いわばオーディオとしてのデータが入っているわけです。さすがに昭和30年代の話なので、私が使えるのは古い津軽弁らしいですけど……。まあ、民謡にはぴったりなのかな。

上妻:この曲もまた、矢野さんらしさが出ていてよかったですね。さっきも話したように、伝統的な津軽民謡の名人たちと、もちろん違うんだけれど、どこかで周波数のチューニングが合っているような……そこが面白かった。その土地に住んだ経験があると、その町の空気がわかっているし、特に言葉は大きいと思いますね。言葉ひとつで、メロディも違ってくると思えば、その土地の音楽にも関係していることだと思います。日立出身(茨城県)の僕は6歳で津軽民謡が好きになって、青森の出身だったらよかったのにという憧れもあるんですね。矢野さんが青森のご出身だということで、壁が一気になくなった瞬間がありました。

ーー同じく津軽民謡の「あいや節」では、若い白戸琴菜さん(12歳)が唯一のボーカルゲストとして登場しますね。

上妻:僕にとっては、青森に関するこだわりのひとつです。彼女は民謡の大会のジュニアの部門で優勝しているんですが、ご両親も民謡、三味線を演奏する方で、おじいさんが青森の方なんです。いわばサラブレッド。彼女自身は神奈川の出身なんですが、やはり青森の血筋を感じる歌い方をするんですね。

矢野:私自身は、民謡の訓練も受けていないし、そういう意味では「民謡」は歌えないんです。ここで披露しているのは、すべて“私なりの”民謡なので、民謡がわかる人には「違う」って言われるに決まっているんですね。だからこそ、そこにしっかりとトレーニングを受けた、でもまだ完成はされきっていない彼女に歌ってもらうのは、とっても面白いなって。

上妻:民謡というのは、こうして代々伝わっていくものなんだということも表現したかったんです。そういう意味で白戸さんは、まさに未来に繋がっていく世代。レコーディング自体が初めてだったし、大人だらけのスタジオで歌うことの緊張はあるはずなので、三味線を弾きながら気を遣いました(笑)。しかも普段はお父さんが三味線を弾いていて、テンポや間、彼女のクセは、お父さんが一番知っているわけですから。

ーー先ほど話してもらった新曲「いけるかも」をはさんで、6分を超える大作「淡海節」(滋賀県民謡)です。

矢野:最初はパート1とパート2に分けるというアイデアもあったんですが、とっても叙情的な部分と「そんなことするのか!」という部分が一緒にあってもいいよね、という結論に至りました。個人的には、音を積み重ねていく作業を久しぶりに行ったので、その部分の脳みそがかなり活性化して気持ちよかった。

上妻:僕としては、かなり気合いが入りましたね。なにしろ僕が「淡海節」を歌ってレコーディングするとは、これまで思っていなかったですから。でも、矢野さんからこの構成のアイデアがでてきて、歌わせてもらいました。この曲は民謡の世界に身を置く者としても大チャレンジです。

ーーここからのラスト2曲、「斎太郎節」(宮城県民謡)、とオリジナルの「ふなまち唄 PART III」は、どこか懐かしい、祭りの風景を感じました。

やのとあがつま - 斎太郎節 (Audio Video)

矢野:「斎太郎節」も「こきりこ節」などと同じで、みんなが歌える、みんなが何かしらの風景を見ている……そんな民謡の醍醐味の部分を大事にしましたね。ライブにも通じることなんですけど、最後は跳ねて終わりたいじゃないですか。「ふなまち唄 PART III」は、これまでもライブのアンコールなどで披露してきている、まさにライブで鍛えたナンバーです。

上妻:この2曲にあるのが、まさに日本のグルーヴだと思いますね。そのリズムや間を残しながら、「やのとあがつま」らしく新しい音楽ができたと思っています。

ーーこうして完成した『Asteroid and Butterfly』ですが、あらためて上妻さんは、矢野さんと民謡を演る意味をどう捉えていますか。

上妻:自分は民謡のベーシックを知っているので、自由にやろうと意識はしていても、どうしても固定概念があるんです。形式というか、作法というか。でも、矢野さんは、そこから離れたところから音楽としてどういう風に仕上げるか、ということを考えてくれる。僕が提案した曲があって、「こうくるかな」と思ったら、それとは全然違うイメージになって返ってくるし、僕にはない豊かさがある。民謡には独特の音階もありますけれど、きっちり何分の何拍子ではわりきれない独特の間というか、ノリ方、リズムの取り方があるんですね。それが自然と生活から出てきたのが民謡なので、その脈々と続いてきた部分は大切にしながら、今の自分たちの生活の中から生まれるリズムも取り入れたい。それが矢野さんとならば表現できたと思います。

ーー矢野顕子によって新たな扉が開かれるイメージですね。

上妻:これまでも聴いてくれる皆さんに三味線という楽器への限定的なイメージがあるならば、それを変えるもの、可能性を広げるものとして洋楽的なアプローチなどをやってきました。それがなじむのか、対等にアンサンブルできるのかという山をいくつか越えてきた。そういう経験をしてきた上での矢野さんとの出会いは大きいんです。矢野さんと組んだことで、若い世代や海外の方にも「他にはないメロディ」や「他にはないグルーヴ」を伝えられたらなと思います。

矢野:「やのとあがつま」は、“私が矢野顕子である理由”と“上妻さんが上妻さんである理由”がぶつかり合って、融合してできるものなんですね。余談っぽくなりますけど、レコーディングをしている内に、上妻さんの三味線の「巧さのクオリティ」がわかるようになったんです。いや、もちろん巧いのであろうとは思っていましたが、不勉強もあってそのレベルがわかっていなかった。でも、レコーディングで「もしかしたら上妻さんは、本当にものすごく巧いのかもしれない」って(笑)。プロって凄いなあと思いました。

ーー最後に、ここから始まる「やのとあがつま」の野望を教えてください。

矢野:国内はもちろんですが、海外でもライブを披露したいですね。鋭意企画募集中です。ライブでは、さらにピアノ/三味線/歌の会話を追求したいし、電子的な音を担当してくれる深澤秀行さんも含めて、そこで生まれる有機的な、オーガニックな音楽を楽しんでもらいたいです。あ、あとフェスに出てみたい。映像にもこだわったり、大音量で演奏してみたりしたいかな。

上妻:フェスはいいですね。逆に矢野さんの「出前コンサート」に倣って、各地の小規模な会場で演るのもいいかなあと思っています。

やのとあがつま - Rose Garden (Live at Ginza)
やのとあがつま『Asteroid and Butterfly』

■作品情報
やのとあがつま 1st ALBUM『Asteroid and Butterfly』
3月4日(水)発売
・CD(完全生産限定)¥3,182(税抜)
※紙ジャケット仕様
・LP(重量盤)¥4,091(税抜)
※日本コロムビアより同時発売

<収録曲>
1. こきりこ節 <富山県民謡>
2. おてもやん <熊本県民謡>
3. 会いにゆく <新曲>
4. 弥三郎節 <津軽民謡>
5. あいや節 <津軽民謡>
6. いけるかも <新曲>
7. 淡海節(引き潮から満ち潮へ)<滋賀県民謡>
8. 斎太郎節 <宮城県民謡>
9. ふなまち唄 PART Ⅲ(オリジナル・矢野顕子)

■配信情報
やのとあがつま「おてもやん」
先行配信はこちら

■ライブ情報
『やのとあがつま(矢野顕子&上妻宏光)Japan Tour 2020 - Asteroid and Butterfly -』
4月29日(水)秋田・由利本荘市文化交流館カダーレ
5月6日(水)兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
5月10日(日)東京文化会館 大ホール
5月15日(金)米子市公会堂
5月17日(日)アルカスSASEBO 大ホール
※公演についての詳細は、やのとあがつま オフィシャルサイト、各アーティストオフィシャルサイト(矢野顕子 )(上妻宏光)および、www.umu-llc.comにて順次公開いたします。

<新型コロナウィルス感染症の影響に関しまして>
『やのとあがつま(矢野顕子&上妻宏光) Japan Tour 2020 - Asteroid and Butterfly -』は、現時点では予定通り開催に向けて準備を進めております。今後、情勢に変化が起きた場合は、開催について慎重に検討を行なってまいります。最新情報は公式サイト等でお知らせいたします。

■イベント・フェス出演情報
4月25(土)、26(日)ARABAKI ROCK FEST. 20(宮城)
※やのとあがつま は26日に出演。
5月16日(土)CIRCLE ’20(福岡)

■関連サイト
やのとあがつま オフィシャルサイト
やのとあがつま 公式ツイッター @yanoetagatsuma
矢野顕子 オフィシャルサイト
上妻宏光 オフィシャルサイト
ウム合同会社 やのとあがつま ライブ情報

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