坂本真綾が体現した“時間芸術”と“一回性の芸術” 最新作『今日だけの音楽』を聴いて

 前作『FOLLOW ME UP』以来、約4年ぶりとなるニューアルバムに坂本真綾は、『今日だけの音楽』というタイトルを冠した。収録曲すべてが新曲となる本作(既発表曲を一切入れないフルアルバムは『少年アリス』以来、16年ぶりになるという)のテーマは、「今日聴くのと、明日聴くのとでは意味が変わってしまう、今日だけの音楽」。川谷絵音(ゲスの極み乙女。)、大沢伸一(MONDO GROSSO)、堀込泰行(ex.キリンジ)、荒井岳史(the band apart)、渡邊忍(ASPARAGUS)、伊澤一葉(the HIATUS)、SIRA、古川 麦、一倉 宏、岩里祐穂といった魅力的なクリエイターとともに彼女自身のコンセプトを具現化した、豊かな芸術性を備えたポップアルバムだ。

 “今日だけの音楽”という言葉から想起されるのは、“時間芸術”そして“一回性の芸術”である音楽の本質だ。時間芸術とは、“時間の経過とともに表現される、または享受される芸術”のこと。一回性とは“一回起こっただけで、再び起こることはない”ことを意味する。20世紀を代表するドイツの指揮者、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の団員に「あなたたちはこの曲を何百回と演奏してきている。だが、そのことを誰にも気づかせてはならない」と語っていたというが、その根底には、“二度と同じ演奏は起こりえない”という強い認識があったはず。つまり優れた音楽には“その時間にしか生まれ得ない何か”が常に宿っている、というわけだ。

 “同じことは二度と起きない”、“時間の経過とともに変化を続ける”という認識は音楽だけに留まらず、人間という存在にもそのまま当てはまると言っていい。毎日の同じような暮らしのなかにも、人の感情や肉体には小さな変化が常に起きていて、刻一刻と形を変えている。それを自覚しているかどうかはともかく、我々の人生は一瞬一瞬が奇跡であり、かけがえのないものなのだーーちょっと大げさかもしれないが、アルバム『今日だけの音楽』を最初に聴いたときの印象は、まさにそういうものだった。

 特に心に残ったのは、坂本真綾自身が歌詞を手がけた楽曲だった(11曲中5曲が彼女の作詞だ)。なかでも特筆すべきは「Hidden Notes」の歌詞。過去に捉われて立ちすくむのではなく、“今日だけのあなた”を生きることで、未来に向かって進んでほしい。そんな真摯な思いを詩的な表現で描いたこの歌は、アルバムのコンセプトの中核を担っていると言っても過言ではない。アイルランドを中心とするヨーロッパ民謡の香りが漂うサウンド、オーガニックな手触りのメロディも、この歌の魅力を的確に彩っている。

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