ダースレイダーが語る、闘病生活を支えた音楽 「The Rolling Stonesは最高のリハビリソング」
日本のラッパーが落語家から学ぶことは多い
――中盤以降、Jungle Brothersの『Done by the Forces of Nature』からはヒップホップのクラシックも多数紹介されています。
ダースレイダー:ヒップホップに関しても一度、原点回帰がしたかったので、ド定番から聴いていきました。Wu-Tang Clanの『Enter the Wu-Tang 36 Chambers』は、それまでロックを聴いていた自分とヒップホップを結びつけた作品でもあって、過激な内容ですが、これが聴けるなら回復していけるだろう、みたいな予感もありました。A Tribe Called Questの『The Low End Theory』は、メンバーのファイフ・ドーグが40代半ばで亡くなっているので、その意味で自分の人生と照らし合わせながら聴くことができたし、ビギー(The Notorious B.I.G.)の『Ready to Die(死ぬ準備はできた)』なんて、タイトル通りリリースした直後に彼は銃殺されてしまうのだから、人ごとには感じられませんでした。「ビギー、わかるぜ」という感じ。ヒップホップに関しても、病床で聴いたことによって、僕自身の音楽観が刷新されたと感じました。
——はっぴいえんど『風街ろまん』や井上陽水『陽水II センチメンタル』などの邦楽に関しては?
ダースレイダー:はっぴいえんどは弟がiPodに入れてくれたもので、改めて聴いて「こんなにかっこいいのか!」と衝撃を受けた作品です。その後、70年代のニューミュージックをディグるきっかけになりました。陽水は小学生の頃に好きで聴いていたのですが、久しぶりに初期の「帰れない2人」を病院で聞いたら、なかなかグッとくるものがありました。RCサクセションは、「帰れない2人」からの流れで聴いてみたら、「いい事ばかりはありゃしない」とか、肩をそっと叩いてくれるような楽曲がたくさんあって、改めて好きになりました。
——落語にもハマったと書かれていますね。
ダースレイダー:落語は全然通っていなかったんですけれど、ライターの高木”JET”晋一郎くんが「暇だろうから」と大量に持ってきてくれて。目が見えなくても再生ボタンさえ押せれば聴けるから、ずっと聴いていたんです。そうしたら、落語家のリズム感や声の強弱の付け方などの達人的な技術の洗練にすっかり魅了されてしまったんです。しかも、それを小難しくやるのではなく、人情噺でほっとさせたり、笑わせたりと、ちゃんと大衆芸能として完成されている。日本語ラップは、日本語をいかにヒップホップのリズムに乗せて伝えるかということが肝要なのですが、そこにも通じるものがあるし、日本人のラッパーが日本語による音楽の可能性を考える上でも、ここから学ぶことはものすごく多いと感じました。落語は日本にしかないのだから、これは海外のシーンに対しても武器になるかもしれません。
両親の背中を追っている部分は確かにある
——本書にはダースレイダーさん自身が手書きで書いたリリックなども掲載されています。
ダースレイダー:手書きのリリックを本の中に放り込んだのは、この本を踏まえて僕のライブなどを観てもらえると、よりいっそう僕のやっていることが明確に伝わると考えたからです。僕はラッパーとして世間に物申しているので、そのメッセージがどういうものなのかを伝える副読本にもしたかった。セルフレビューも、作品を制作した背景などについてを中心に記しています。『狼~ガレージ男の挽歌』は入院中に仕上がった作品で、これを手渡されて聴いた時は「よし、必ずライブで歌うぞ!」という気分になって、リハビリを頑張るモチベーションになったので、その意味では自分の作品にも助けられました。
——本書を含めて、ダースレイダーさんの闘病の経験がそのまま作品になっているということが理解できましたし、そこに勇気付けられる人は少なくないと思います。ダースレイダーさんの波乱の人生については、読者の皆さんには本書を参照していただくとして、ご両親の影響も現在のダースレイダーさんの特異なスタンスを形作っていると感じたのですが、その辺はどう捉えていますか?
ダースレイダー:両親が早くに亡くなったのは悲しかったけれど、恵まれた家庭ではあったと思いますし、意識的にせよ無意識的にせよ、両親の背中を追っている部分は確かにあると思います。パリで生まれてロンドンで育ったというのも貴重な経験だったし、本書にも書かれているように、画家だった母親の教育方針もすごく印象に残っています。母親は僕が15歳の頃に亡くなったので、一緒にいた期間は普通よりも短かったけれど、その分、僕ら兄弟に濃密な体験をさせようとしてくれていました。人との出会い、いろいろな感情、様々な場所での経験を積んだことは、大きな糧になっているし、僕自身が子育てをする中でも常に意識していることです。
ジャーナリストでコメンテーターとしても活躍していた父親は、間違いなく激務だったはずですが、母親の死後はちゃんと家事をしてくれて、僕ら兄弟を育ててくれました。父親が病院で良い治療を受けられなかったがために、僕は病院というものに対する不信感が募り、皮肉なことに僕自身の糖尿病の発見を遅らせてしまったのですが、それもまた人生ではあります。気がつけば、良くも悪くも父親の影を追っていますね(笑)。ともあれ、本書はもちろん「病気になろう」と勧めるものではなくて、あくまでも米国のラッパーが綴る過酷な日々の描写から勇気を得るように、擬似体験として、僕の闘病から何かを感じて欲しいと願って書いたものです。病院こそが僕のフッド(地元)で、これが僕なりのヒップホップなので、それを感じてもらえたら幸いです。
(取材・文=松田広宣)
■書籍情報
『ダースレイダー自伝 NO拘束』
価格:¥1,600+税
発行・発売:ライスプレス株式会社
判型:四六判
頁数:212頁