薬師丸ひろ子は音楽を探求する旅を続ける 芸能活動40周年、20年ぶりの新作『エトワール』を聴く

 ここ数年、薬師丸ひろ子の歌手活動が非常に充実している。きっかけは、2013年に芸能活動35周年を迎えたあたりからだろう。この年は、カバーアルバム『時の扉』を発表し、23年ぶりとなる単独コンサートも行った。そして、翌年末にはNHK紅白歌合戦に初出場し、2016年には女優ならではの選曲と表現力の賜である映画音楽カバー集『Cinema Songs』をリリース。歌手としてのテレビ出演も増え、コンサート活動も充実している中で、芸能活動40周年となった今年の最大の目玉となるであろう、20年ぶりのオリジナルアルバム『エトワール』を発表した。

 振り返ってみれば、薬師丸ひろ子はデビュー当初からシンガーとしての立ち位置をはっきりとさせていた。デビュー曲となった映画『セーラー服と機関銃』の主題歌を筆頭に、どうしても女優兼歌手というイメージが強いかもしれないが、1atアルバム『古今集』(1984年)は、竹内まりやが書き下ろした名曲「元気を出して」をはじめ、南佳孝や大貫妙子らに楽曲を発注した全曲オリジナルというこだわりを見せ、同時代のアイドルたちと比べても非常にクオリティの高い作品に仕上がっていた。この路線はその後もまったくぶれることなく、夢をテーマにしたコンセプチュアルな『夢十話』(1985年)、松本隆が全曲の作詞とプロデュースを手がけた傑作『花図鑑』(1986年)、伊集院静の歌詞の世界が顕著に現れた『星紀行』(1987年)と、“女優兼歌手”のヒットシングルとは別に、今聴いても古びることのない普遍的な内容のアルバムを作り続けてきた。

 こういった流れで、彼女の歌の世界を名実ともに確立させたのは、1988年のヒットシングル「時代」からではないだろうか。この曲は中島みゆきが1975年に発表した楽曲のカバーだが、薬師丸自身がお気に入りだったこともあって熱望し、アルバム『Sincerely Yours』(1988年)の一曲として選ばれたという。この曲には、その後の薬師丸の歌に度々登場する「風」や「旅」という重要なキーワードが含まれており、彼女独特の清涼感に加えて壮大なイメージを作り上げることに成功した。

 新作『エトワール』を聴いてみると、まさにこの旅するようなスケール感が全編に満ちていることに気付く。例えば、冒頭の表題曲「エトワール」は薬師丸本人が作詞を手がけていることもあって、本作を象徴するナンバーであるが、歌詞をじっくり聴いてみると、やはり旅人の風景が描かれており、深読みすると「時代」の続編のようにも感じられる。薬師丸はもう一曲「アナタノコトバ」の歌詞も手がけているが、ノスタルジックな世界は、これも「時代」にも通じるものがある。また、旅人目線で描かれた楽曲は他にもあり、「野の花」、「ここからの夜明け」、「明日が来る」、「愛しい人」なども、直接的でなくとも旅、もしくは未来へ歩き出すような風景が浮かび上がるのだ。

 こういった薬師丸の世界観を生み出しているのは、幅広い作詞家たちだ。以前から交流があったベテランの松井五郎や、売れっ子脚本家でもある岡田惠和から、元SUPERCARのいしわたり淳治、オトナモードの高橋啓太といった旬の作家も起用。自身のイメージを崩すことはないが、その上で新しい才能とのコラボレーションを試みようとする薬師丸のこだわりを感じさせる。

 また、スタンダード感を持つ爽快なメロディやサウンドも、彼女の声に合ったものが選ばれている。NHK『みんなのうた』としてオンエア中の「窓」は、稲垣潤一やMISIAなどに提供してきた松本俊明によるものであり、前出の「アナタノコトバ」はシンガーソングライターの池田綾子が書き下ろしている。なかでも特筆したいのが、楽曲提供だけでなくアレンジャーとしても大きく貢献している兼松衆の存在だ。兼松は、ドラマや映画のサントラも手がける気鋭の作編曲家。ピアノとストリングスを軸にしながらも、ところどころにブリティッシュトラッド風味を織り込むなど、オーセンティックながら凝ったアレンジを施し、本作を特別なものにしているのだ。

 しかし、『エトワール』は、薬師丸のパブリックイメージをそのまま形にしただけではない。中盤に収められた「私の勝手に好きな人」を聴けば、これまでになかった彼女の一面が見られるのだ。この曲はさかいゆうが詞曲、リトル・クリーチャーズの鈴木正人がアレンジを手がけており、転調を多用したメロディラインと、メロウソウル風のサウンドが非常に新鮮で、ちょっとした驚きがある。しかも、違和感なく見事に歌いこなしているところに、薬師丸のプロ意識を感じさせられ、この路線でアルバム一枚を聴いてみたいとも思わされる。こういったところにも、本作を発表した意味があるといえるだろう。

 女優としては40年、歌手としてもそれに近い年月を経て、いわばベテランともいえる薬師丸ひろ子。しかし、この新作『エトワール』を聴く限りでは、これまでのイメージを大切にしながらも、果敢に新しいトライを試みていることがわかる。このことからも、まだまだ彼女が進む道は果てしなく続きそうだ。音楽を探求する旅人である薬師丸ひろ子に、今後も期待している。

■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。
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『エトワール』

■リリース情報
『エトワール』
発売:2018年5月9日
初回限定プレミアム盤 ¥4,800(税抜)
通常盤 ¥3,000(税抜)
【収録曲】
1. エトワール
詞:薬師丸ひろ子 曲:高橋啓太 編曲:兼松衆
2. まなざし
詞:松井五郎 曲:松本俊明 編曲:坂本昌之
3. 野の花
詞・曲:高橋啓太 編曲:兼松衆
4. ここからの夜明け
詞:松井五郎 曲・編曲:兼松衆
5. 窓
詞:松井五郎 曲:松本俊明 編曲:兼松衆
※ NHK「みんなのうた」2018年4-5月放送
6. こころにすむうた
詞:岡田惠和 曲・編曲:兼松衆
※ NHK「ラジオ深夜便」 4~5月「深夜便のうた」
7. 私の勝手に好きな人
詞・曲:さかいゆう 編曲:鈴木正人 コーラスアレンジ:さかいゆう
8. 明日が来る
詞:いしわたり淳治 曲・編曲:兼松衆
9. アナタノコトバ
詞:薬師丸ひろ子 曲:池田綾子 編曲:河野伸
10. 今日がはじまるなら
詞:岡田惠和 曲・編曲:兼松衆
11. 愛しい人
詞:いしわたり淳治 曲・編曲:兼松衆
<初回限定プレミアム盤特典>
・LPサイズジャケット仕様
・ボーナスディスク(全曲インスト収録)つき2枚組
・高音質SHM-CD仕様
・LPサイズフォトブックレット封入
・ポスター封入
※オーディオディスクにはSHM-CDを採用(すべてのCDプレーヤーで再生できる高品質CD)

『エトワール』特設サイト

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