『坂道のアポロン』、くるりサポート、桑原あいとのデュオでも活躍 ドラマー石若駿の才能

 ロバート・グラスパー以降のジャズの新潮流を俯瞰してみると、背後でサウンドを支えるイメージの強かったドラマーが主役とも思える活躍をしていることが分かる。グラスパーやディアンジェロの作品に参加しているクリス・デイヴ、デヴィッド・ボウイ『★』でもその実力を発揮したマーク・ジュリアナ、テイラー・マクファーリン『アーリー・ライザー』で複雑なリズムパターンを叩いたマーカス・ギルモアなどがその筆頭に挙げられる。

 では日本では? というと、これまた横山和明や松下マサナオやmabanuaなど新世代のドラマーがシーンを牽引している印象だ。特に1992年生まれの石若駿は、小学校の頃にハービー・ハンコックにそのプレイを絶賛され、中学生の時に日野皓正のバンドメンバーに抜擢されるなど、早くから天才ぶりを発揮。東京芸大の打楽器科を首席で卒業した彼は、現在10を超えるユニットでドラムを叩いており、先日くるりのレコーディングにも参加した。ジャズを題材にしたテレビアニメ『坂道のアポロン』では主人公・千太郎のドラム演奏とモーションを担当したため、知らず知らずのうちにそのプレイを耳にしたことがある人も多いだろう。ライブはなんと年間300本ほどこなしており、昨年は多忙な中を縫ってスーパーバンド、CRCK/LCKS(クラックラックス)の新作もリリースしている。また、東京塩麴やものんくるの新作に参加していたのも記憶に新しいところで、良質な作品のクレジットをチェックすると「これも石若駿か!?」と驚くことも少なくない。

 そんな石若のドラマーとしての実力は、例えば数々の賞を受賞したリーダー作『CLEAN UP』(2015年)などを聴けば明らかだが、彼が優れているのはドラムプレイのみではない。ソングライターとしても非凡な一面を持っているのである。鍵盤が弾けてメロディアスな楽曲が書ける彼は、『SONGBOOK』『SONGBOOK2』では角銅真実や小田朋美らをボーカリストに迎え、真正面から歌モノに取り組んでいる。凝ったコード進行とひねりの効いたメロディ、そして本人による端正なピアノはいずれも一級品で、同作は彼の活躍するフィールドがジャズに限らないことを示している。

 そんな石若のドラマー/ソングライターとしての凄さが近年もっともストレートに伝わってくるのが、ピアニストの桑原あいとのデュオで録音した『ディア・ファミリー』だろう。もともと、テレビ番組『サンデーステーション』『サタデーステーション』(いずれもテレビ朝日系)のテーマをふたりで作るところから発展してできたこのアルバム、昨年リリースされたジャズのCDの中でも群を抜いて素晴らしく、筆者も音楽雑誌で年間ベスト10に選出した。桑原はピアノ・トリオというフォーマットにこだわって作品を発表してきた才女だが、石若の良さが最も活きるのはデュオだと踏んだらしく、ほぼ半々の割合で作曲を担当し、お互いの新たな側面を引き出し合っている。

 そして、そのレコ発ライブがブルーノート東京で行われたのだが、これがまたブリリアントだった。CDとは別種の緊張感が漂う冒頭から、火花散るインタープレイが繰り広げられる中盤、お互いの呼吸がぴったり合った終盤と、終始クライマックスといった趣だった。かと思えばMCではリラックスした雰囲気でくだけたトークを聞かせ、観客を和ませるのがまた面白いところ。このギャップもふたりの魅力とも言えるだろう。

 ライブの最大の目玉はふたりのインプロビゼーションを駆使した演奏。目と目で合図をしながら着地点を探っていく両者のプレイは圧巻の一言だった。桑原はベースが不在であることを忘れさせるような左手のプレイが見事で、石若のドラムは汲めども尽きぬアイデアの宝庫といった感触。シンバルの残響や余韻を活かした演奏は音響的にも心地よいものがあった。

 石若にとってまったく未踏の領域があるとしたら、自ら歌うことぐらいだろうか。例えば、ドラマーながら自らボーカルをとったこともあるブライアン・ブレイドのように。だがしかし、石若は肉声を発してはいないものの、全身で歌っているようなプレイを聴かせるのだ。インストだろうと歌モノだろうと、そしてインプロビゼーションであろうと、彼のプレイや曲には常にうたごころがある。それが確保されている限り、石若駿の個性は保たれてゆくのだろう。

(撮影=佐藤 拓央)

■土佐有明
ライター。『ミュージック・マガジン』、『レコード・コレクターズ』、『CDジャーナル』、『テレビブロス』、『東京新聞』、『CINRA.NET』、『MARQUEE』、『ラティーナ』などに、音楽評、演劇評、書評を執筆中。大森靖子が好き。ツイッターアカウントは@ariaketosa

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