石井恵梨子の「ライブを見る、読む、考える」 第9回:WANIMA

WANIMAがさいたまスーパーアリーナで鳴らした“始まり”――石井恵梨子が成長の跡を辿る

 遂に来た。2017年3月19日。WANIMAの全国ツアー『JUICE UP!! TOUR』ファイナル、さいたまスーパーアリーナ公演。

 発表があった半年前はもちろん興奮したし、我が事のように胸を張りたい気分だった。満員御礼が決まった時も当然ガッツポーズが出たが、しかし……。当日が近付いてくるにつれ私の中で現実感はなくなっていくのだった。

 

 これが幕張メッセならわかりやすかったと思う。いくら巨大とはいえ、あそこはガランと広いだけのフラットなハコだ。台場Zeppや豊洲PITなど、大型ライブハウスの延長としてスタンディングのフロアがあって、皆が同じ地平からステージを見上げれば良いのだ。だがスーパーアリーナはスタジアム規模の、椅子席が取り囲む巨大なホール。着席してWANIMA? 二階席から見下ろすWANIMA? 上手くイメージできないのは、これまでのWANIMAをずっとライブハウスで見てきたから。多くのキッズが同じ感覚だと思う。では彼らはなぜ、「ライブハウスの延長」と呼ぶには立派すぎるさいたまスーパーアリーナをファイナルの会場に選んだのだろうか。

 会場に入って、いきなりその答えがあった。大手メディアからずらりと届いた祝い花の群れ。テレ朝『ミュージックステーション』を筆頭に、これまで彼らが出演してきた数々の音楽番組、CS、BS、地上波を問わずに並んだテレビ局やラジオ局の名前は、控え目に言ってもこの国の中枢に位置するものばかりである。なるほど。現実的に考えれば、今のWANIMAはこういう大手メディアと絡みながら活躍しているバンドなのだ。

 

 バンドの人気と大手メディアの宣伝力。利用しているのはお互い様だし、もちろん綺麗事だけではないだろう。ただ、お互いに手を組み、凄まじい数のスタッフが水面下で動き、次々とWANIMAの新しさや魅力が提示されてきたのは事実。新年に話題をさらったCMなどはその最たる例だ。そう、WANIMAは決して「ライブハウスの流儀ひとつ」でこの日を迎えたわけではなく、関わるスタッフ全員にとって大事なのは「ライブハウスの延長で数万人が集うこと」ではないのだろう。日本が誇る一級のスタジアムで、満員の観客を前に、しっかりエンターテインメントできるのかどうか。この日のWANIMAに課せられていたのは、きっと、そういう命題だ。

 果たして、いつも通りライブハウスにいるような笑顔のまま、しかるべきところは堂々アリーナ対応になっていたのがこの日の彼らだった。SE「JUICE UP!!のテーマ」が鳴り響き、満面の笑顔で登場するKENTA、KO-SHIN、FUJIの3人。はち切れんばかりに元気な様子は変わらないが、ステージは勢い任せにあらず。いきなり炸裂する銀テープにもまったく動じないまま演奏が進んでいく。ブレることのない3人のコーラスワーク。「初めての人にも自己紹介します……谷間です」というKENTAの一言にFUJIが「見た——————い!」と被せていくMCのテンポの良さ、それをしっかり追っているカメラワークにも、プロ意識、のようなものが確かに感じられる。もはや3人だけで、偶然ここに立っているわけじゃないのだ。

 

 

 一曲ごとに変化するスクリーンや照明、レーザー光線の演出も見事だったが、笑ったのは突然「ビデオレターのコーナーです」と始まった元大関・把瑠都の映像である。「え……会ったことないすよね?」と戸惑う(フリの)メンバーをよそに、把瑠都はどこまでも真顔で「KO-SHINくん、また今度おっバブ行こうね」「焼きそば!(=KENTA)頑張れよ!」などと意味不明な檄を飛ばしながら「じゃあ次の曲、『昨日の歌』!」と曲紹介までやってしまう。まるでバラエティ番組のようだが、なるほど、思いつきのMCを垂れ流すより面白いかもしれない。二万人が集まるアリーナでは、ひいてはその向こうにあるお茶の間では、こちらのほうが「よりウケるエンタメ」になるのだから。

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