村尾泰郎の新譜キュレーション 第7回
夏の終わりに聴きたい、知的でエレガントなシンガー・ソングライター5選
残暑厳しいなか、今回は開放的でフィジカルな夏に別れを告げて、芸術の秋に向けて知的でエレガントな優美さを感じさせるシンガーの新作を紹介していこう。
まずはUSインディー・シーンでじわじわと評価を高めてきているシンガー・ソングライター、キャス・マックームス(以下キャスマク)。デビュー早々、イギリスの由緒あるラジオ番組、「ジョン・ピール・セッション」に招待されたこともあって、これまで彼は<4AD>や<ドミノ・レコーズ>などイギリスのレーベルから作品をリリースしてきた。そんななか、新作『Mangy Love』はトム・ウェイツなどが在籍するアメリカの<アンタイ・レコード>に移籍しての第一弾。フォーキーで文学的な香りを漂わせた歌は西海岸のボン・イヴェールといえなくもないが、キャスマクの魅力は退廃的な危うさや毒気が漂うところ。西海岸のローファイ帝王、アリエル・ピンクとは一緒にツアーを招いたりゲストに呼んだりする仲だが、アリエルに通じるサイケデリックな浮遊感も感じさせる。『Mangy Love』ではソウル・ミュージックの滑らかなグルーヴも加わって、一見シンプルなサウンドながら艶やかで官能的。じわじわとキャスマクの妖しい魅力に引き込まれていく中毒性の高いアルバムだ。
アリエル繋がりで、もうひとり紹介しておこう。ゲイリー・ウィルソンはアリエルがリスペクトを捧げる伝説の男。ゲイリーは77年に一枚のアルバムを人知れずリリースして消えた謎のミュージシャン。ベックの「Where It’s At」の歌詞に名前が登場するなど密かに再評価が進むなか、04年に<ストーンズ・スロウ>の主宰者、ピーナッツ・バター・ウルフがエグゼクティブ・プロデューサーを務めた新作『Mary Had Brown Hair』(04)で突如復活を遂げて、それ以来コンスタントに新作を発表してきた。新作『Friday Night With Gary Wilson』は、いつも通り作曲/演奏/録音を彼ひとりで手掛けた宅録アルバム。サングラス姿にコスプレ(素晴らしすぎるジャケを参照)という一貫したスタイルはキワモノの匂いを漂わせているが、そのサウンドは意外とオシャレ。キーボードを弾きまくり、ジャズやR&Bを独自に消化した小粋で怪しいグルーヴが炸裂する。そこに歪んだポップ・センスが組み合わさったサウンドは異形のAOR。クールな歪みがクセになる。