柴 那典の新譜キュレーション 第4回

ビヨンセ、アノーニ、SKY-HI…… 社会性を備えたコンセプチュアルな最新アルバム5選

 「アルバムって覚えてる?」

 プリンスはこう言った。2015年2月、グラミー賞授賞式で「最優秀アルバム賞」のプレゼンターをつとめた時の一言だ。「アルバムは大事だよ。本や、黒人の命と同じようにね。アルバムは今も大事なものなんだ」。そんな風に彼は続けた。

 その時はプリンスが急逝してしまうなんて誰も思っていなかった。でも、あの時の彼の言葉は、一つの預言のように強い力を持って今の音楽シーンに影響を与え続けているように思う。

 YouTubeやストリーミング配信が普及し楽曲単位で音楽を聴く習慣がリスナーに定着した一方、アルバムを「一つのコンセプチュアルな表現」として制作し、時代性を兼ね備えたその奥深さが評価を集める作品がグローバルな音楽シーンのメインストリームにも増えてきている。

 その代表が、2015年を象徴する一枚になったケンドリック・ラマー『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』。同作はアルバム全編を通じて一つの叙事詩を描いていくような壮大なストーリーを持った一枚だった。そしてそこには、彼自身の辿る物語がアメリカの黒人社会全体の持つ問題に敷衍するような奥行きがあった。

 おそらく2016年を代表する一枚になるであろうデヴィッド・ボウイ『★』も、そういう「ケンドリック・ラマー以降」の問題意識を持って作られ、死すらをアートに昇華したアルバムだったと思う。

 今回の記事では、そういう社会性を持ったいくつかの作品を紹介したい。

 まずは全米・全英ともにチャート1位を獲得したビヨンセの通算6枚目のニューアルバム『レモネード』。同作は、いろんな意味で、衝撃の作品だった。「とんでもなさ」においては、これを超えるアルバムはもう2016年にはリリースされないんじゃないか?とすら思ってしまう。

 一つ目の驚きは、事前の宣伝や予告なくヴィジュアル・アルバムとして突如発表されたリリース自体。とは言えこれは3年前の前作『BEYONCÉ』と全く同じ方法論。SNSが普及した今の時代においてはメディアに情報を小出しにして期待を煽るよりもこの方がプロモーション効果も高いと実証が得られたのだろう。ただ、ポイントはこの「ヴィジュアル・アルバム」が、単なるMV集ではないというところにある。

LEMONADE Trailer | HBO

 新作の核を成すのは、約1分間の予告映像を経て米HBOにて独占公開され、その後アルバムにも収録された「Lemonade Film」。収録順に並べられた楽曲にビヨンセ自身の独り語りからなるインタールードが挟まれる1時間のコンセプトムービーとして作られた映像だ。ここから一つ一つの楽曲が織り成すストーリーが伝わってくる。

 もう一つの驚きは、アルバムがかねてから噂のあった夫ジェイ・Zの浮気と不倫をありありと告発する内容になっていること。序盤の「Hold Up」や「Sorry」、ジャック・ホワイトと共作した「Don’t Hurt Yourself」など、かなり手厳しいリリックが並ぶ。なにせ全米屈指の知名度を持つカップルだ。比類ない話題の波及力を持っている。

 ただ、そういったゴシップ性を差し置いて、何より深く刺さるのは、メッセージの強靭さ。ビヨンセは怒りと失望を乗り越え、許し、再び歩み始める。アルバム後半では自立した女性としての生き方を描く。その象徴となるのがジェイ・Zの祖母が語る「わたしはレモンをもらったら、いつもそれをレモネードにしてきました」というアメリカの有名なことわざだ。それがタイトルの『Lemonade』の由来となっている。ケンドリック・ラマーをフィーチャーした「FREEDOM」でも、その台詞がリプライズされる。「浮き沈みがあっても、それが私を強くしていくの。レモンをわたされても、それをレモネードにしたのよ」と歌う。酸っぱいレモンは人生の逆境や不幸の象徴。でも、それは心の持ちようで前向きなチャンスに変えることができる、というメッセージだ。

 そして、それはそのままアフリカン・アメリカンの女性の抱える問題へと広がっていく。「Don’t Hurt Yourself」ではマルコムXの「アメリカで最も評価されていない人間は黒人女性だ。アメリカで最も危険にさらされている人間は黒人女性だ」という言葉がサンプリングされたりもする。

 そういうストーリーが、ラストに収められた先行シングル「Formation」の「隊列を組め!」と女性全員を鼓舞するようなラインにつながっていく。この曲のMVの舞台が南部ニューオーリンズになっているのも(「Lemonade Film」の舞台も同じ場所)、自身のルーツを誇るリリックが綴られているのも、アルバムの伏線になっている。さらにもっと言えば、アメリカの男性原理主義の象徴であるスーパーボウルのハーフタイムショーにこの曲のパフォーマンスをぶち込んだことも、そう。

Formation (Explicit)

 前述のジャック・ホワイトやケンドリック・ラマー、ディプロやジェイムス・ブレイクやザ・ウィークエンドなど第一線のプロデューサーやミュージシャンを起用した音楽性だけでなく、一つのアルバムにこれだけのヴィジョンを込めた精神性も、本当にすごいと思う。

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